日本のビジョンを示す「コミュニティ」をつくる|一般社団法人Public Meets Innovation
目次
先日、xDXでは「DXを加速させる『法』と『ビジョン』」と題して、一般社団法人Public Meets Innovation(以下、PMI)の代表理事・石山アンジュ氏のインタビューを3回にわたりお届けした。
DXを進める上で、テクノロジーだけでなく、それを活用する上で欠かせない「法の整備」やDXの先に描く「ビジョン」の重要性に触れ、PMIが国家OSとなる「公」をつくることを目指していることを紹介した。
そこで、今回はPMIに集う弁護士や官僚の方々を交えて、より具体的なPMIの活動をお伝えする。
インタビュイー
石山アンジュ
1989年生まれ。(一社)シェアリングエコノミー協会 常任理事として、規制緩和・政策推進・広報活動に従事。総務省地域情報化アドバイザーほか厚生労働省・経済産業省・総務省などの政府委員も多数務める。2018年10月ミレニアル世代のシンクタンク一般社団法人Public Meets Innovationを設立。ほか羽鳥慎一モーニングショーコメンテーター NewsPicks「WEEKLY OCHIAI」レギュラーMC出演を務めるなど幅広く活動。世界経済フォーラム Global Future Council Japan メンバー。著書に「シェアライフ-新しい社会の新しい生き方(クロスメディア・パブリッシング)」がある。
南知果
弁護士(留学中につき登録抹消)。 2021年夏より米国ペンシルベニア大学ロースクールへ留学中。2014年京都大学法科大学院修了。2016年西村あさひ法律事務所に入所し、M&A、ジェネラル・コーポレート、危機管理・コンプライアンス等の案件に従事。2018年4月から法律事務所ZeLo・外国法共同事業に参画し、スタートアップ支援、パブリックアフェアーズ、Fintech、モビリティを中心に幅広く業務を行う。消費者庁「消費者のデジタル化への対応に関する検討AIワーキンググループ」委員(2020年)。著書に『ルールメイキングの戦略と実務』(株式会社商事法務、2021年、共著)など。
片岡修平
ボストンコンサルティンググループ、PEファンドを経て、民間資金で関与しにくい分野も含め日本を元気にしたいという思いで中央省庁へ。2017年から内閣官房参事官補佐、2018年より「新技術等実証(規制のサンドボックス制度)」の立案、運用、海外及び都内でのスタートアップ説明等に従事。イノベーション促進政策の各国比較インタビューの傍ら、英国政府・インキュベーター・教育機関等のイノベーションエコシステムを分析。PMIロンドンセミナーの開催支援。英文寄稿に「Japan’s new policy for testing Innovative Prepositions for Growth with Government : The Regulatory Sandbox (Banking Finance Law Review、2019年)」、著書に「グローバルな公共倫理とソーシャルイノベーション(共著、2018年)」。
田中佑典
1989年奈良県生まれ。京都大学卒業後、総務省入省。長野県への赴任を経て、外務省にてG20、OECD等数多くの多国間交渉を経験。総務省において、シェアリングエコノミーの社会実装をはじめとする人口減少下の持続可能な社会を実現するための企画・立案に従事。コロンビア大学(専攻:ジェンダー)を卒業し、現在群馬県庁に出向中。TEDx speaker、NewsPicks Propickerなど幅広く活躍。2019年には、世界経済フォーラム からGlobal Shapersに選出。
木下覚人
1990年生まれ。Public Meets Innovation Policy Owner。霞が関では技術系職員としてインフラの整備・維持管理や海外インフラ輸出等に従事。2019年にはDeNAに出向し、カーシェアリングサービスを活用した官民連携の推進などに携わる。
弁護士たちが「ルールメイキング」を学ぶ理由
まずはPMIがどのような役割を担おうとしているか、簡単に紹介しよう。
PMIは、次の50年の当事者であるミレニアル世代を中心とした国家公務員、弁護士、ロビイストらが、各業界のイノベーターたちと協働し、社会のイノベーションを目指していく官民コミュニティだ。2018年10月に立ち上がり、設立から3年ほどが経つ。
主な活動は大きく2つある。1つは、正解のない時代に未来や社会思想を描き、構想していく「VISION MAKING」。そして、もう1つがそのビジョンやアイデアを社会に実装するためのルールメイキングを実現する人材を育成する「RULE MAKING」だ。
弁護士として関わる南氏は、PMIの設立前から石山氏と活動を共にしてきた。PMI設立後は「RULE MAKING」の中心となるコミュニティの立ち上げに尽力した。
「弁護士コミュニティは現在70名ほどが所属しており、ルールメイキングの分野で活躍する弁護士から勉強会などを通じて学びます。会員の多くはは弁護士と、将来弁護士を目指す司法修習生やロースクール生です」(南氏)
言うまでもなく、弁護士の業務は多忙を極めている。にもかかわらず、なぜコミュニティに所属してまでルールメイキングの手法を学ぶのだろうか。
その理由について、南氏はこう説明する。
「スタートアップと接していると顕著ですが、イノベーション領域では、今までの法律では対応しきれない事態に直面することがあります。特にテクノロジーを活用した新規ビジネスを行う際に、既存の法律に抵触してしまうケースがあり、これをどうクリアすればいいか悩むことも多いです」(南氏)
これまでの弁護士業務は、法律をもとにクライアントが抱える問題を解決することがほとんどだった。しかし、イノベーション領域にはそもそもベースとなる法律がないことが往々にしてある。
一方で、法律を作ること(ルールメイキング)に関して体系的に学べる機会はほとんどなかった。代表を務める石山氏も「この2,3年で、PMIのように官民をつなぐことを目的とした団体は増えていますが、ルールメイキングについて専門家から直接かつ体型的に学べる機会はほとんどない」と語る。PMIは、そのためのコミュニティを形成していると言えるだろう。
「弁護士は問題解決だけでなく、どれだけイノベーティブな解決策を提示できるかが、今後より強く求められてくると感じます。クライアントと共に新しいルールを作るといった感覚を持つことで、弁護士が活躍できるフィールドはより広がると思います」(南氏)
弁護士のコミュニティは、評判を呼び口コミで徐々にメンバーが増え続けているそうだ。このような動きを見ると、弁護士の役割もトランスフォーメーションするのではないかと感じる。
官僚が集い、コミュニティを形成した理由
もう1つ、PMIでは今年の8月から新たなコミュニティが立ち上がった。それが「VISION MAKING」に関するコミュニティだ。ここには、政策立案のプロである現役官僚たちが集う。
しかし、なぜ官僚たちのコミュニティが必要だったのだろうか。その理由について、南氏と同じくPMI設立前から石山氏と活動してきた片岡氏が明かす。
「政策を企画立案・運用していく上で、良い意味での『緩いつながり』が必要だと感じたからです。所属する省庁の違いを超え、さらに官民の壁も専門性も超えて、フランクに相談できるようになれば悩みを長時間抱えることも少なくなるでしょう。さらに若いうちにつながっておけば、よりカジュアルな関係を築くことができるのではないかという仮説を持って、個人で業務時間外に、非公開・招待制の官民若手勉強会の場「霞が関ラボ」を2017年から運営してきていました。変化の大きい世の中、こうした『緩いつながり』が誰かの助けになるという場面は、今後増していくだろうなと感じています。」(片岡氏)

弁護士と同様に、官僚の業務も多忙を極めている。次々と押し寄せてくる業務に追われ、その実態は近年メディアでも取り上げられるようになった。
それにもかかわらず、なぜコミュニティに参画したのだろうか。その理由を田中氏と木下氏が語る。
「総務省にいたとき、石山からシェアリングエコノミーの社会実装に関する相談を受けました。最初は不信感があったことは否めませんが、よくよく話をすると、同じ土俵で政策議論でき非常に有意義だった。公共という領域が行政だけでなくもっと広がる必要があると感じました。だからPMIにジョインしないかと誘われた時も、喜んでという感覚でした」(田中氏)
「PMIに参画している官僚は『議論好き』が集まっています。それこそ、夜9時から議論を始めて、日付が変わってもまだまだ話題が尽きないということもあるくらいです。また講師としてお呼びした医師や大学の先生たちと勉強会で議論をするたびに、公共は官僚のものだけではないと感じますし、自分にとっても刺激になります」(木下氏)
「家族」を切り口に、日本のビジョンを提示
官僚たちが集うコミュニティでは、勉強会の実施だけでなく、アウトプットとして「ミレニアル政策ペーパー」というホワイトペーパーの発行もしている。
その第1弾が「家族イノベーション〜多様な幸せを支える家族の形」だ。昭和から平成、そして令和と社会を取り巻く環境が大きく変化しつつある中、従来の家族観や婚姻制度のアップデートを提言した内容である。
このホワイトペーパーの発行は、PMIのミッションに共感した官僚メンバーが中心となって制作された。そして、この経験はなかなか味わえないものだったと片岡氏は振り返る。
「自らミッションを定め、何をいつまでにやろうと、自らマイルストーンを敷いて物事を進めるという機会は、大きな組織にいるだけではなかなか巡り合いません。またホームページの構成を自分たちで考えたり、PRの方法を考えたり、業務時間外に具体的なプロジェクトとして仲間たちと共に進められるのは純粋に楽しいですね」(片岡氏)
片岡氏や田中氏、木下氏の話を聴いて、いわゆる「堅苦しい官僚」というイメージはない。むしろスタートアップのメンバーと話している感覚に近いといってもいいだろう。それだけに、ビジョンも野心的だ。田中氏はこう語る。
「今回のホワイトペーパーもその1つですが、自分たちならではのビジョンを提示したい。そこに尽きると考えています。最近は、政治家の中にもこのビジョンに共感してコンタクトしてくださる方もいらっしゃいます。この輪を徐々に広げていきたいですね」(田中氏)
トランスフォーメーションには「ビジョン」が欠かせない
官僚と弁護士らが集うPMIには、そこに属することで心理的安全性が確保されるという「コミュニティ」としての機能も根幹にある。片岡氏は「弁護士コミュニティが立ち上がったのは、南の人柄が大きいです。勉強会などを主催するだけでなく、誕生日をお祝いしあう、それぞれの仕事や生活に関することを共有するなど他愛のない日常のやり取りをする楽しさもあります」と語る。弁護士や官僚など異分野の人材が共存できるのは、このような取り組みがあるからかもしれない。
さらに、PMIの特徴は「ミッションドリブン」であるという点だ。特に、官僚の方々はミッションに対して強い共感を示す。それだけに「マネジメントは難しい側面もある」(石山氏)ものの、「New Public = 新しい公共」を創るというミッションに本気で取り組む人たちが集うのかもしれない。
戦後の焼け野原から復興した日本は、その過程でさまざまな「課題」を解決するために腐心してきた。そして、官僚組織をはじめ課題解決に最適な社会づくりを進めて経済大国としての地位を築いたと捉えることもできるだろう。
しかし今後は、解くべき「問い」そのものを考え、実現可能な「国家のビジョン」を描いていくことが、強く求められるだろう。田中氏のコメントにあるように、50年後のビジョンを描き、いかにして社会をトランスフォーメーションするかを提示する団体も必要だと感じずにはいられない。
最後に、DXを企図する方々にとって示唆に富んだ、木下氏からのメッセージを送り本稿の締めとしたい。
「DXがもたらす変化を考える上でヒントになるのが、『電気』の普及でしょう。これは東京大学FoundXの馬田隆明さんがPMIの勉強会でおっしゃっていたことですが、そこから社会がどう変化したのか、歴史から紐解くのです。電気の登場によって、電化製品が生まれ、人々の働き方から暮らし方まで大きな変化をもたらしました。現代なら『EX(=Electronic Transformation)』と言えるかもしれない変化から、DXのヒントが掴めるかもしれません」(木下氏)
編集:長岡 武司
取材・文:山田 雄一朗