Soulboundトークンで「真の多様性社会」を実現する方法とは 〜G.GのSBT解説 #5

Soulboundトークンで「真の多様性社会」を実現する方法とは 〜G.GのSBT解説 #5

目次

2022年5月11日にイーサリアム(Ethereum)の提唱者であるビタリック・ブテリン氏が発表した論文「Decentralized Society: Finding Web3’s Soul」では、「Soulbound Token(SBT)」と呼ばれる新しいトークンのあり方を通して、現在のWeb3の課題を解決するアプローチが示されています。

今回のテーマは「多様性」。既存の一人一票という単純な多数決による多様性への弊害に対して、SBTやその集積となる“ソウル”を使うことで、どのような解決策を講じることができるのか。

本記事では、論文で紹介されている具体的な内容について解説します。説明してくれるのは引き続き、高齢者DAOの開発を進めるG.Gさんです。

※前回記事はこちら

社会性にセキュリティを組み込むことで、デジタルな人格(ソウル)は復元できる 〜G.GのSBT解説 #4

解説者プロフィール

G.G(ジージと発音)

現在高齢者向けDAOを準備中。高齢者が健康的、社会的な生活をすればトークンを稼げるAge To Earnのアプリを幾つか開発することを企画中。

マイノリティの意思が無視されない政治のために

★論文の該当章:「4.5 The DAO of Souls」

ここまでお伝えしたSBTを活用した仕組みは、政治の領域で既存の課題を解決できる可能性があります。

--政治のアップデートという文脈では、DAOが活かせるという話を聞いたことがあります。

おっしゃるとおり、DAOは遠く離れたバックグラウンドの異なる人たちが集まるグローバルなコミュニティとして大きな可能性を持っていますね。一方で、成りすましによる投票結果の操作や、一人一票の単純な多数決による少数意見の軽視などの問題は、既存の民主主義のシステムと同様に抱えています。

シビル攻撃対策のためのSBT活用

シビル攻撃(sybil attack)って聞いたことありますか?

--シビル攻撃?初めて聞きました。

一人の悪意をもったユーザーが複数のIDやウォレットを量産し、特定のネットワークを左右する量にまで増やすことで攻撃をするという手法のことです。セキュリティ用語ですね。

DAOのような一意のIDをベースに駆動するデジタル組織では、このシビル攻撃が一つの脅威になるわけですが、SBTを活用したいくつかの手法によって、このシビル攻撃に対抗できると論文では言及されています。

--どういうことでしょうか?

たとえばシビル攻撃を目的としたソウル(Souls)は、SBTの数が極端に少ないなど、見分けがつきやすい状態になっていると想定されます。なので、ネットワークにいる一般的なユーザーは「これはダミーだ」と気付きやすい状態になっていると言えます。

また、ある程度の歴史があって社会から信頼されているDAOが、新興DAOのために、信頼できるメンバーに対してボットではないことを証明するSBTを発行するという運用の仕方も考えられますね。

あとは、職歴や学歴、修了証書など、本人認証として価値のあるSBTを持っているソウルの票の重さを重くすることもできます。

--このあたりはスマートコントラクトの仕組みを使って実現できますね!

ソウルの票の重さについては別のアプローチも可能で、たとえば特定の案件で同じ選択肢に投票した複数のソウルの中身を確認し、そこでの相関関係を調べ、同じようなSBTを持っているソウルの票の重さを軽くするということも考えられます。これについては後述します。

バンパイアアタック防止のためのSBT活用

Web3プロジェクトの多くは、非中央集権という価値観に基づいて、プログラムのコードがオープンソースになっています。自分たちだけが豊かになるのではなく、社会課題を解決するのが目的なので、プログラムをコピーし合って互いに助け合うのをよしとする価値観なのです。

--エンジニアリングにおけるコントリビューションの精神ですね。

ところがこの相互補助の価値観を悪用する者たちも出てきます。SushiSwap(スシスワップ)って聞いたことがありますか?

--あ、耳にしたことはあります。暗号資産取引所ですよね?

はい。2020年に業界最大手の分散型取引所「Uniswap(ユニスワップ)」のコードをほとんどそのままコピーした分散型取引所です。いわゆる“ミーム”です。

SushiSwapは、Uniswapのユーザーに独自トークンを配布するなどして多数のユーザーを引き抜きました。こうした行為は「バンパイアアタック」と呼ばれています。

--なるほど…オープンソースだからこそ、こういうリスクもあるわけですか。

こうしたバンパイアアタックに対抗するためにもSBTは使えると言います。たとえば、DAOは引き抜きに応じなかったソウルに対して「ソウルドロップ」するという方針を内外に告知し、一定期間売却できないという制限付きのSBTを配布することができます。

--えーと、それって既存のエアドロップではできないんでしたっけ?

できませんね。もしもユーザーが複数のウォレットを保持していたら、ウォレット間で自由に暗号資産を移動させることができるので、新しいDAOに乗り移ったのかどうかの判断が難しいのです。

--なるほど。SBTじゃないと機能しないんですね。

一票の重みを調整する「相関スコア」

先ほどの「相関関係を調べる手法」ですが、これは新しい考え方で、いろいろと可能性があるやり方だと言えます。

相関関係が高いソウルのグループが、たとえシビル攻撃でなかったとしても、同じような偏見を持つグループである可能性は高いわけです。そういうグループの票の重さを軽くし、バックグラウンドは異なるが(つまり性質の異なるSBTを持っているものの)同じ意見になっているソウルの票を重くすることで、多様性のある組織を維持できるわけです。

--そんなことが可能なんですか。一人一票の単純な多数決による少数意見の軽視に対して、すごくいいアプローチですね。

相関関係をベースにした票の重さ付けに関する数学的な計算方法については、この論文の巻末部分(31頁以降のAPPENDIX)で詳しく解説されています。数式がたくさんあるので文系の方にはさっぱりだと思いますが、興味のある方はぜひ原文に当たっていただきたいです。

詳しくはそちらをご覧いただきたいのですが、その中でブテリン氏は「相関スコア(correlation score)」という新しい指標も提案しています。投票の中で、相関スコアの高いソウルの票の重さを軽くし、相関スコアの低い票の重さを重くしたりできる。議論の中においても、相関スコアの低いソウルの意見を目立つ形で表示させることで、少数派の意見が無視されることのない運営が可能になるというわけです。

--まさに、政治の領域で活かせる仕組みですね。

はい。日本はこれからますます高齢化が進みます。今のように単純に一人一票の制度が続けば、若者の意見が政治に反映されない傾向がより顕著になっていくでしょう。自分たちの意見がどうせ通らないとなれば、若者はますます投票しなくなることが容易に想像できます。

ところが一人一人の有権者の票の重みが「相関スコア」に基づいて自動的に変動するようになれば、若者の意見が通りやすくなり、若者の政治への参加が活発になるかもしれません。

ちなみに、DAOのリーダーをSBTで決めるのも、多様性の担保に向けて有効ですよ。

--どういうことですか?

新規加入者が増えれば、DAOを構成するメンバーの属性が変化していくことがありますよね。女性メンバーが増えてきたのに、幹部を男性メンバーが独占していれば、参加メンバーの意志を正確に反映できないことになります。

そこでSBTを使って、メンバーの属性の変化に伴って推薦幹部の顔ぶれが変化するよう、プロトコルであらかじめ設定しておくことが可能です。

組織が大きくなれば、サブグループのようなものが自然に誕生すると思いますが、多くのサブグループに属しているメンバーを推薦するようなプロトコルにもできるし、同様に特定の地域や、関心領域、性別などを重視するようなプロトコルにすることも可能なのです。

組織の多様性をプログラマブルに実現するための方法

★論文の該当章:「4.6 Measuring Decentralization through Pluralism」

ここまで「多様性」という言葉が何回か出てきたので、改めてこの論文における多様性の定義をお伝えします。

世の中では多様性やダイバーシティがちょっとした流行語のようになり、その言葉が何を意味するのか分かっているという人も多いとは思いますが、この論文が言うところの多様性とは、女性や性的マイノリティ、外国人のことだけではなく、いろいろなバックグラウンドや主義主張、異なる意見の人が十分に多く存在し、権力が一つのグループに集中することのない状態というような意味で使われています。

多様性の測り方と難しさ(ナカモト係数とHHIの課題)

最近は多様性の重要さを説く企業や組織が多いのですが、このホワイトペーパーが言うような多様なメンバーで構成されているでしょうか?権力が一部の人間に集中してはいないでしょうか?

--そう言われると…。ほとんどの企業や組織は、何かしらの形で権力の偏在やメンバーの偏りがありますね。でも、多様性の“具合”を図るのって、難しそうですね。

多様性を計測する手法としては、ナカモト係数(Nakamoto coefficient)やハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI:Herfindahl-Hirschman index)などが挙げられます。

ナカモト係数は、明らかに独立した存在が幾つあれば、過半数の票を獲得できるのかを測る数値です。たとえば株式会社を考えた場合、筆頭株主が51%の株を持っていれば、その人一人で過半数を勝ち取れるので、ナカモト係数は「1」になります。

一方で30%の株を持つ人と 21%の株を持つ人がいた場合、2人が合わさって過半数となるので、この場合はナカモト係数が「2」になります。

同じ要領で、100人の株主全員が同じ株数を均等に持っていたら、51人が必要になるので、ナカモト係数は「51」になります。

--なるほど。ナカモト係数が大きければ大きいほど、多様性のある組織だと言えますね。

一方でハーフィンダール・ハーシュマン指数は、主に独禁法の調査の際に使われる指数で、市場シェアを2乗したものが「10,000」にどれくらい近い数字かを測ります。

たとえば市場シェアが20%だったら「400」になり、60%だったら「3,600」になり、仮に100%だったら「10,000」になります。

--つまり、10,000に近ければ近いほど、市場を独占しているということになるわけですね。

ただし論文によると、この2つの指標には、具体的にどの数値を計算すればいいのかや、カジュアルな横のつながりにどう判断すればいいのか、さらには「明らかに独立した存在」とは何を意味するのか、などといった問題があると言います。

たとえば同じ業界内に、直接的な資本関係のない会社が2つあったとしましょう。ところが両方の会社の株を持つ株主が大多数で、双方の会社の経営者同士が仲良しだった場合、この2社は「明らかに独立した存在」と呼べるでしょうか?どちらの会社も市場シェアが1社だけで過半数を超えていないので、十分に権力が分散していると言えるでしょうか?

--たしかに、数値では測れない関係性が大きく影響しそうですね。

同様に特定のDAOのガバナンストークン(株のように投票権を持っているトークン)を持っているウォレット数を調べるだけで、多様性を計ることができるでしょうか?

中には複数のウォレットを持っている人もいるし、反対に取引所のウォレットのように1つのウォレットの中に非常に多くの人が含まれているウォレットもあるでしょう。

それにウォレットではなく個人を特定できて、個人の数を数えることに成功したとしても、その個人が示し合わせて投票する可能性がないとは言えませんよね。業界カンファレンスなどで出会って、意気投合することがあるかもしれませんし。

--なるほど。パラメーターが多すぎるので、多様性を正確に測ろうとすると超難しいですね。

おっしゃるとおり、多様性や権力の分散具合を本当に正確に計測しようと思えば、社会的依存関係の存在や弱いつながり、逆に強い孤立などといった状態まで、正確に計測する必要があるわけです。もちろん、暗号通貨やNFT、それらを格納するウォレットでは、こうした計測は不可能です。

またDAOや株式会社といった組織内での多様性や非中央集権性が確保されたいたとしても、それらの組織を包み込む大きなエコシステムのようなものが中央集権であれば、やはり権力者の影響から逃れることはできないでしょう。

たとえばこの写真は、ある業界イベントに登壇したビットコインの大手マイナー(取引の承認作業をする人)たちです。この7人だけで、ビットコインの取引承認作業に必要なコンピューティングパワーの約90%を持っていると言います。

--ヒェー!90%となると、仮にこの7人が結託して本気になれば、ビットコインの取引内容を改ざんできちゃいますね。

そう、理論上は可能ですね。このように考えると、仮にビットコインのネットワーク上で運営されているDAOの多様性が保たれているからと言って、権力層の影響から自由になれているとは言えないのです。

Soulboundトークンを使ったエコシステム全体の多様性向上にむけた3ステップ

これに対してSBTが広く普及すれば、DAOだけでなく、プロトコルやネットワークといったWeb3のエコシステム全体の多様性を測る新しい測定方法を作り出し、より非中央集権的な体制を作ることが可能になると考えられます。具体的なステップとしては大きく3つです。

まず第1段階として、十分な数のSBTをもっていて、“なりすましソウル”である可能性が低いソウルにのみ投票権を認めるということです。

次に第2段階として、異なるソウル間のSBTの相関具合を計算し、相関性の高いソウルの票の重さを自動的に低くする仕組みにします。この計算方法については、巻末の二次関数ファンディングのところで詳しく述べられているのですが、要するに、同じようなバックグラウンドの人の票を軽くすることで多数派の意見が数の論理で少数派の意見を抑え込むことがないようにするわけです。

--ここまでの話は先ほどのお話にあったとおり、同じネットワークやDAO内での取り組み、ということですよね?

そのとおり!ただ、続いての第3段階では視点をもう少し後ろに引いて、ネットワークスタックの異なるレイヤーのソウルのSBTの相関性を計測します。

投票履歴の相関性やトークン所有数、ガバナンス関連のコミュニケーション件数、コンピューティング資源などの相関性を計測することで、レイヤーを超えてネットワーク全体の多様性を確認できるようにするのです。

このようにSBTを使うことで、これまで計測が非常に難しいとされていた相互連携ネットワークや、レイヤーに分かれたエコシステムの多様性を計測することができる可能性があるわけです。

--まだまだ考えなければいけないことは沢山ありそうですが、コンセプトとして非常に希望がもてる内容ですね!オンラインでの多様性のあり方が、結果としてリアル社会の多様性にも良い形で影響を与えそうです。

そうですね。論文でも、SBTやソウルによるエコシステムを実現することで、最適な分散化のあり方やそのための計算についてのポジティブなサイクルも回るとしています。

次回は少し視点を変えて、社会で所与となっている「所有権」にフォーカスして、SBTのインパクトをお伝えしますね。


文:G.G
編集:長岡武司

 

G.GのSBT解説シリーズ by xDX

▶︎Soulbound Token(SBT)とは?Vitalik Buterin氏の論文から「Web3の未来」を考える 〜G.GのSBT解説 #1

▶Web3の真髄は「関係性によるデジタル社会の再定義」にあり 〜G.GのSBT解説 #2

▶︎Soulboundトークンはデジタル時代の「社会的包摂の基盤」になるかもしれない 〜G.GのSBT解説 #3

▶︎社会性にセキュリティを組み込むことで、デジタルな人格(ソウル)は復元できる 〜G.GのSBT解説 #4

▶︎Soulboundトークンで「真の多様性社会」を実現する方法とは 〜G.GのSBT解説 #5

▶Soulboundトークンが可能にする、Web3時代のプライバシーのあり方を考える 〜G.GのSBT解説 #6

▶︎Web3がもたらす、中央集権型「ではない」AI社会像を考える 〜G.GのSBT解説 #7(最終)

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