Soulboundトークンが可能にする、Web3時代のプライバシーのあり方を考える 〜G.GのSBT解説 #6

Soulboundトークンが可能にする、Web3時代のプライバシーのあり方を考える 〜G.GのSBT解説 #6

目次

2022年5月11日にイーサリアム(Ethereum)の提唱者であるビタリック・ブテリン氏が発表した論文「Decentralized Society: Finding Web3’s Soul」では、「Soulbound Token(SBT)」と呼ばれる新しいトークンのあり方を通して、現在のWeb3の課題を解決するアプローチが示されています。

今回のテーマは「所有権とプライバシー」です。社会で所与となっている所有権や公共財・私的財、およびプライバシーの考え方について、Web3のパワー・トゥー・ザ・ピープルの過程ではどのようなことが実現可能になるのでしょうか。

本記事では、論文で紹介されている具体的な内容について解説します。説明してくれるのは引き続き、高齢者DAOの開発を進めるG.Gさんです。

※前回記事はこちら

Soulboundトークンで「真の多様性社会」を実現する方法とは 〜G.GのSBT解説 #5

解説者プロフィール

G.G(ジージと発音)

現在高齢者向けDAOを準備中。高齢者が健康的、社会的な生活をすればトークンを稼げるAge To Earnのアプリを幾つか開発することを企画中。

所有権の分解がもたらすイノベーション

★論文の該当章:「4.7 Plural Property」

今回は、私たちの生活を考える上で欠かせない「所有権」のあり方についてお話しします。

--所有権ですか…。また随分と根本的なテーマですね。

古代ローマ時代には既に、所有権には、使用する権利(usus)と消費・破壊する権利(abusus)、それから利益を得る権利(fructus)があると定義されていて、これらの権利をすべて、一人の所有者が持っていました。

ところが現代社会では、所有権の概念がより複雑になってきていて、所有権が幾つかの権利に分解されて、複数の人がそれぞれの権利を持つことが一般的になっています。

--どういうことですか?

例えばアパートなどの賃貸住宅の場合、建物のオーナーは「アパートを貸し出して利益を得る権利」を持っていますが、貸し出している間は「使用する権利」を持っていません。

一方でアパートの住人は、「使用する権利」を持っているが、「部屋をリフォームしたり破壊する権利」は持っていませんよね。

またオーナーであっても自由な形に建て直すことはできず、その地域の条例に従った建築様式にしなければなりません。不動産を担保に銀行から融資を受けているのであれば、所有権はさらに限定されるでしょう。

会社や組織の形も同じで、所有権の概念が分解されることによって進化を遂げてきたものです。たとえば株式会社の場合、社屋の使用権は従業員にありますが、社屋を建て直したり破壊する権利は経営者にあり、また社屋を含む会社から利益を得る権利は株主にありますよね。

--なるほど。たしかに「所有」と言っても、関わり方によって“可能とされること”には違いがありますね。

このようなリアル社会での所有権は複雑な使い方がなされていますが、今のWeb3のNFTでは、まだこのような社会は実装できていませんよね。多くの場合、NFTアートを購入すればその所有権のすべてが購入者のものになり、所有権が分解されて利用されることはありません。

リアル社会並みの所有権のあり方を実装したり、さらにはリアル社会にもないような新しい所有の形のイノベーションを起こすには、「所有権の概念の分解」と、それに対応できる仕組みが不可欠なのです。

--それがSBTだと。

そう。SBTは非常に自由度が高い技術なので、オンライン社会での所有権はもちろん、リアル社会での所有権の概念もさらに分解し、新しいイノベーションを起こす可能性があります。論文ではさまざまなケースが紹介されているので、一つずつ見ていきましょう。

アクセス許可

まずは、個人資産および公共資産に対する「アクセス許可」を細かく設定できるようになるかもしれません。

--アクセス許可自体は多くのソフトウェアの権利設定でできますよね。

たしかにそうですが、それはあくまで「統一のプラットフォーム上の中央集権的に設定したアクセス権」ですよね。ここで言うアクセス許可とは、非中央集権的な社会におけるアクセス制御の仕組みのことです。

例えば、自宅の裏庭の使用権を特定の個人に与えるが、その人が別の人にその権利を譲ることはできないというアクセス許可のあり方は、アメリカなどでよく目にするケースです。

SBTを使えばそういう条件設定が簡単にできるし、その条件に合意する借り手とのマッチングも簡単になるというわけです。

データ協力

SBTを活用すれば、データの「使用権」を細かく設定し、その代償を受け取ることもできるでしょう。

例えば個人の生体データです。GDPRをはじめ、昨今の多くの法制では「個人情報の個人管理」が主要なトレンドになっていますが、たとえば薬品会社がリサーチ目的などで自分のデータを使用することを認めるとしましょう。

その場合、たとえばリサーチ協力費としてデータを提供すれば、その代償としてトークンを受け取ることができるようなスマートコントラクトを設定することが考えられるでしょう。

--なるほど。そうなると個別の契約コストが随分と下がりますね。

そのとおり。一人ひとりに説明して契約書を結ぶ必要がなくなるので、リサーチコストも軽減できることになりますね。

社会参加の実験

他にも、社会参加ということで投票の参加権のあり方を変える可能性もありますよ。

--今は年齢で区切っていますよね。18歳以上は投票できるよと。

そうですね。ただ、誕生日が投票日の前日である18歳と、誕生日が投票日の翌日である17歳との間に、どの程度の成熟度の違いがあるのでしょう。もちろん、現実問題として、どこかで線引きしなければならないわけですが、少なくとも年齢で画一的に分けるのではない方法も、本質的には必要なのではないでしょうか。

これについて、年齢ではなく、社会参加の度合いによる線引きがSBTによって可能になるかもしれないわけです。

例えば10代のうちは家族や地域コミュニティとしか関係性がない人でも、次第により広い社会との関係性を持ち、新しい種類のSBTを受け取るようになります。

幅広いコミュニティでのSBTが増えた人に対して、幅広いコミュニティでの投票権を与える、というようなことが可能かもしれないのです。

--なるほど。これであれば、10代前半でも幅広いコミュニティでの関係性がある人に対しては、相応の投票券が付与されるということですね。

民主主義のメカニズムの実験

投票については他にも、SBTを利用することで「クワドラティック・ヴォーティング(Quadratic Voing:2次投票)」のような新しい民主主義の形を模索することができるでしょう。

--2次投票?

政治システムは、一人一票が基本です。特定の議題に関する思いは人によって違うのに、議題について真剣に考えている人と、無関心な人の票の重さは同じなのです。

その結果、専門性の高い候補よりも、単に知名度や好感度が高い候補の方が、より多く票を集めたりします。

--ガーシー議員とか見ていると、まさにそうだなと感じますね。

逆に株式会社などの経済システムでは、一株一票が基本なので、株を多く持っている人のほうが利害関係が大きいので票数が多くなります。つまり、お金持ちの意見が優先される結果にもなるわけです。

Quadratic Voing(2次投票)は、この政治と経済の中間のような投票システムで、票をトークンで購入することになります。

1つの議題に対して1票を投じたい場合は1トークン、2票なら4トークン、3票なら9トークンを支払う。票の数の2乗のトークンが必要になるので、2次関数の“2次”の意味で2次投票と呼ばれています。

--一人一票でもないし、1トークン一票でもない。その中間のような投票方法というわけですね。

はい。こうした投票システムの実験が、本人認証が可能なSBTと、貨幣価値を持つトークンとの組み合わせで可能になるわけです。政治と経済を完全に分けるのではなく、新しい民主主義のあり方が模索できると、論文では語られています。

所有物市場の実験

最後、論文では新しい所有権の売買の形として「SALSA(self-assed licenses sold at auction)」と呼ばれる方法が提案されている。

例えば土地の所有がSALSA形式でのみ認められている自治体では、土地の所有者はその土地の推定市場価格を自分で決めることができて、その価格に従って税金を納めることになります。

--え?そんなことをしたら、行政に入ってくる税金が一気に減りますよね。企業としてはなるべく税金を払いたくないでしょうから…。

ただし、土地の所有者は定期的にその土地をオークションにかけなければならず、推定市場価格以上の価格でその土地を買いたいという人が現れれば、その土地を売らなければなりません。

所有者が土地の価格を安く設定すれば、税金は少なくてすむのですが、その価格での購入を希望する人が出てくれば、売り渡さなければならない。一方で高く設定すれば、売り渡す心配はないが、税金が高くなる。そんな仕組みがSALSAなんです。

--なるほど。そう考えると、その土地は誰が所有している状態でもないように感じますね。

そのとおりです。土地は完全に個人のものではなく、コミュニティのもので、土地の有効利用を促進しようというのがSALSAの考え方です。

SBTを使うことで、土地のオークションに参加できる資格を設定することができるので、外部の人間が金儲け目的で土地を買い占めるのを防ぐことができるわけです。(より詳しいSALSAの説明はこちら

--うまくできているな〜。

もちろんSBTがすべてを解決するわけではないです。権力が一部に集中するより分散される方が望ましいのは間違いないですが、民衆がパワーを持つことで“愚民政治”になる可能性だってあります。

社会や組織の大多数の人が差別的な思想を持っていれば、社会や組織が差別的な判断を下すことになるでしょう。

そうした問題が完全に解決されるわけではないのですが、少なくともSBTをベースにすることで、今のシステムに比べて、差別的思想などの問題の所在がより明らかになります。

問題の所在が明らかになれば、それに対処する方法も検討でき、問題が解決する可能性が高まるはずだということです。

ブテリン氏も、この論文の中で以下のように記述しています。

“DeSoc does not need to be perfect to pass the test of being acceptably non-dystopian; to be a paradigm worth exploring it merely needs to be better than the available alternatives.”
(ブロックチェーンやSBTを使った)分散型社会が、ディストピアに絶対に向かわないという完璧な取り組みというわけではない。他のやり方よりもマシであるならば、試してみてもいいのではないか、というだけだ。

公共財、私的財から複数ネットワーク財へ

★論文の該当章:「4.8 From Private and Public Goods to Plural Network Goods」

所有権に続いて、財のあり方についても考えていきましょう。

世の中のモノというのは、公共財か私的財の2つのうちのどちらかに区分けされることが多いです。

--たとえば不動産で考えたら、町の公園は公共財で、私たちが住む家は私的財ということですね。

しかし実際には、完全な公共財や完全な私的財などというものは存在しません。

たとえばお金持ちが自宅邸宅の庭に森のような木々を植えた場合、もちろんそれは私的財になるのですが、近隣の住民はその緑や鳥の声に癒される結果にもなります。

反対に、自治体が作った公園は公共財ですが、近くに住む住民はまるで自分の庭、つまり私的財のように利用できます。一方で、遠くに住む住民はその恩恵をほとんど受けることができません。

--なるほど。

同様に、DAOは全体にとっての資産を持つことがあるのですが、個人によって受ける恩恵が異なる場合があります。

この複雑な関係性を考慮した資産の運用方法がこれまでいくつか考案されているのですが、その代表例が「クワドラティック・ファンディング(Quadratic Funding)」です。

--クワドラティックって、さっき投票の話で出てきましたよね。

はい。考え方は先ほどと基本的には同じです。ここでも具体例を挙げて説明しましょう。

ある自治体で図書館と公民館の両方を建設することになったとします。建設費は住民からの寄付と自治体予算の両方でまかなうのですが、自治体が支払う金額は、住民からの寄付額をベースに、ある計算式で算出したものになります。

その計算式とは、住民一人ひとりの寄付額の平方根を足して2乗したものを建設費とし、その足らない部分を自治体の予算から支出する、というものです。

(√A + √B + √C+・・・)の2乗

--えーと、どういうことですか?

例えば図書館建設には10人の住民が賛成し1ドルずつ寄付したとしましょう。1ドルの平方根は1。それが10人から寄付されたので、合計は10ドル。それを2乗すると100ドルになります。

つまり、それが建設費となり、不足分の90ドルを自治体予算から支出することになります。

(√1 + √1 + √1+ √1 + √1 + √1 + √1 + √1 + √1 + √1)の2乗
=(1 + 1 + 1+ 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1)の2乗
=10の2乗
=100

一方で、公民館の建設には一人の資産家が賛成し、10ドルを寄付したとします。10ドルの平方根を2乗すれば10ドル。それが建設費。その建設費のすべては資産家の10ドルでまかなわれたため、自治体からの支出はないことになります。

(√10)の2乗
=10

図書館、公民館ともに、完全な公共財でも私的財でもなく、個人として受ける恩恵と自治体全体で受ける恩恵に従って、建設費を分担しようという考え方です。

ただし住民からの寄付総額と同額を自治体も支出するという単純なマッチング支出であれば、寄付額の多い資産家が望む案件の方に自治体の予算がより多く使われることになります。

つまり、住民全体の資産である自治体の予算の使い方に、富裕層の意見がより尊重されることがないように、このクワドラティック・ファンディングという計算式が考案されたのです。

--面白い!ひとり一票でもなく、お金を持っている人が特別有利でもない知恵の集結方法がクワドラティック・ファンディングということなんですね。

ビットコインに並ぶ有力暗号通貨であるイーサリアムを運営するDAOも、物事を決定する際に、このクワドラティック・ファンディングを採用することが多いと言います。

ただ、このクワドラティック・ファンディングにも問題はありますよ。

--え?なんですか?

住民一人ひとりが自分が受ける恩恵のことだけを考えて寄付すればいいのですが、往々にして人は、友人や知り合いが恩恵を受けるプロジェクトを応援したくなってしまいます。

そうなると人気者が推すプロジェクトに自治体の予算が多く使われることになり、友達のいない人の推すプロジェクトには予算がほとんど使われなくなります。

--あー、たしかに。そう考えると、なんとも不公平な話ですね。

完全な公共財、私的財がないように、実は動機にも完全な利己、利他はありません。クワドラティック・ファンディングは完全な利己で一人ひとりが寄付することを前提に考案された仕組みなわけですが、その前提にそもそも無理があるというわけです。

もちろん、自分たちだけが得をしようと示し合わせて寄付する談合のようなものがあってはならないのですが、友人・知人を応援したいという利他の心でさえも、この仕組みの本来の目的を台無しにしてしまうのです。

これに対して、SBTが普及すれば、このクワドラティック・ファンディングがより公平な仕組みになる可能性があります。

--というと?

例えば同じ業界、同じ所得レベル、同じ地域などといった人たちのSBTは相関関係が高くなりますよね。相関が高い人が、同じプロジェクトを推すのであれば、談合もしくは利他の気持ちが不公平を生む可能性があるわけです。

そこで、相関関係の高い人の票の重さを軽く計算するという方法が考えられます。

一方でSBTの相関関係が低い人が同じプロジェクトを推す場合は、票の重さを重く計算する。

そうすることで、より公平に自治体の予算を使うことができるようになるわけです。

--なるほど。関係性のデータが集積したSBTだからこそ、その相関関係を前提にした表の重みづけができるということですね。

もちろんこの計算式は非常に複雑になり、ケースバイケースで計算式を一から作成しなければならないでしょうが、その基本形になりそうな計算式に関しては、この論文の巻末(APPENDIX)で詳しく議論されています。興味のある人は、ぜひご覧ください。

SBTが可能にする最適なプライバシー管理

★論文の該当章:「7.1 Private Souls」


さて、話は私たちのプライバシーに入っていきます。

--ここ最近、プライバシーに関する議論が活発になってきていますよね。プライバシー・パラドックスなんて言葉も日本で語られるようになってきていますし。

今日のプライバシーに関する主流の考え方は、自分のデータは自分の私的財であるというものです。私的財なので、いつ、だれと共有するのかは自分で決めていい、という考え方になります。

プログラム可能な共有プライバシー

でも先ほどお伝えしたとおり、完全な共有財や私的財などというものはほとんど存在しません。

特にリアル経済に比べてオンラインのデータ経済では、ほとんどのアクションが公共財の性質を持ちます。

--なぜでしょうか?

あらゆるデータは、誰かとの何らかの行為の結果として発生するからです。メールのやり取りはもちろんそうですし、ECサイトでの買い物もそうです。メールの内容も購買履歴も、どちらか片方の私的財ではなく、双方の共有財になりますよね。

共有財にも関わらず私的財ととらえるので、データ漏洩が最大の関心事になるのです。

--たしかに。自分の持ち物が誰かに盗まれた、という感覚になりますよね。

盗まれてはならないので、セキュリティをできるだけ強固にしようとします。なんならコンピューターをインターネットに接続しなかったり、情報を紙に記録して保管したりすることもあるでしょう。

でも、共有財である情報を正しく共有すれば、未来の社会はより豊かになるはずです。大事なのは、私的財として一切の共有を拒むのではなく、共有財として誰にどのように共有するのかをあらかじめ決めておき、そのルールを厳格に運用するということではないでしょうか。

そこでこの論文が提唱するのが、プライバシーを、アクセス権、消費権、収益権が緩やかに組み合わされた、プログラム可能な権利として取り扱うという考え方です。

--まさにここまでのお話の集大成の考え方ということですね。

そうですね。こうした新しい考え方の下でSBTは、データの保有者が誰であり、どのような合意の下で発生したデータなのか、共有財としてのデータはどれで、第3者へはどんな義務を負うのか、などいったデータ保管サイトへのアクセス方法が明記されることになります。

--まさに、プライバシーがプログラム可能な共有財になるというわけですね。

例えばSBTの発行者は、SBTを完全に公開することもできるし、パスポートや健康データに関するSBTを、ほぼ完全な私的財として限定公開することもできます。

またデータを利用したい企業と交渉するために消費者が集まって結成したデータ組合のメンバーである場合は、その組合のメンバーの合意の下でのみ公開されるようにも設定できるでしょう。

もちろん、実際にSBTでそのようなことが技術的に可能なのか、データ公開のインセンティブ設計をどうすべきかなど、まだまだ検討すべきことは多いのですが、「プログラマブルな共有プライバシー」という考え方が、他のプライバシーの考え方よりも優位点が多いのは間違いないでしょう。

なぜなら個人が日々の活動の中で生成するデータを、プライバシーを守った形で有効利用できれば、医療などの科学技術が大きく進化するのは間違いないからです。

--個人が持つ健康データも、研究に利用されることで医療を大きく進化させることができますからね。

また所有権が使用権・消費権・収益権などに分解されたことで株式会社などの新しい組織形態が生まれて社会が前進したように、プライバシーという概念も、今後より細かい権利に分解され、何通りにも組み合わせ可能になれば、これまでにないような価値を生み出す可能性があります。

もちろん最初に設定されたルール通りにシステムが全自動で運用するので、プライバシーがより強固に保護されることにもなります。

例えば選挙システムの場合、誰に投票したかを把握することはできるものの、それ以外の人やシステムには分からないようにすることもできます。

--となると、賄賂で票を買うということが限りなく難しくなりますね。

そうですね。一方、共有データの中で、最も個人の権利が認められるべきはコミュニケーションデータでしょう。それにも関わらず、SNS上のコミュニケーションのデータに関してはユーザーは使用権(uses)も消費権(abusus)も持っていません。

--たとえばFacebookであればMeta社が持っていますね。

なので、権力者からの圧力を受ければ運営会社が特定のユーザーのアカウントを使用禁止にすることも、理論上は可能なわけです。

またSNS運営会社は、オークションで最も高い金額で入札した広告主にデータを売却し、その収益(fructus)を手にします。SNSのシステムをユーザーに無料で提供しているので、一定の収益を得ること自体は問題がないのでしょうが、現状の仕組みではSNS運営会社が「儲かり過ぎる」のが問題なわけです。

--まさにWeb 2.0の問題点ど真ん中ですね。

グローバル規模での問題意識の高まりを受けて、運営会社の方でもスパムメッセージを排除したり、ユーザーにとって重要性が高いと思われるメッセージを目立たせるようにするなどの機能を提供して対応しようとしていますが、そうした機能はSBTを導入することで、ユーザー側が持つことが可能になります。

SBTによってユーザーが所属するコミュニティや人間関係を把握することができるので、所属するコミュニティや人間関係からのメッセージを目立たせて、スパムメッセージを排除できるようになるわけです。

そうなれば運営会社の貢献度合いが低下するので、運営会社が大きな収益を得る理由はますますなくなることになります。

また情報発信者のバックグラウンドが分かることで情報の信頼性を見分けることが可能になり、信頼性の高い情報同士が繋がって、新たな価値創造が促進されることになるでしょう。

安全・安心なプライバシー管理のための技術群

--でも、素朴な疑問なのですが、プライバシーのことを考えると、SBTって一番リスク高くないですか?

おっしゃるとおり、SBTを実装する上での一番の問題はプライバシーでしょう。ご存知の通り、パブリックブロックチェーンは全世界にオープンな形で存在するので、そこに記載されるデータも、世界中の誰でも簡単に見ることができます。

つまり、SBTをそのままブロックチェーンに乗せてしまえば、プライバシーなどない状態になってしまうでしょう。

だからこそ、以前の記事でもお伝えした通り、複数のソウルを持つことが一つの対策になります。例えば家族関係のSBTだけを格納するソウル、医療データだけを格納するソウル、仕事関連のSBTを格納するソウル、政治に関するSBTのためのソウルなど、複数のソウルを使い分けることで、関係ない人たちに関係ない情報が拡散するのを防ぐことができるでしょう。

--仕事関係の人たちとはFacebook、友人とはInstagram、家族とはLINE、というようにサービスやデータを使い分けるのと同じような感覚ですね。

それでもよほど気をつけていないと、バラバラに発信した情報がかき集められて名前や住所などの個人情報が特定されてしまうことがあるかもしれません。

そこでSBTに別の技術を組み込むことで、SBTをよりセキュアにすることが可能だと、論文では紹介されています。

最も簡単な方法は、元データはブロックチェーン外のどこか(オフチェーン)に保存しておき、そのハッシュ値だけをブロックチェーンに乗せるという方法です。

--ハッシュ値…。

ハッシュ値とは、ある数字をハッシュ関数と呼ばれる関数に入れた場合に出てくる数字です。例えば「y=x2」という二次関数のxに2という数字を入れれば、計算結果であるyは必ず4になります。

ところが逆に4という計算結果が分かっていても、元の数字が+2なのか-2なのかは分からないですよね。ハッシュ関数はこれをより複雑にしたもので、ある数字をその関数に入力すると必ず同じハッシュ値が出てくるが、ハッシュ値から元の数字を推測することは非常に困難、というものなのです。

ブロックチェーンにハッシュ値を乗せておけば、オフチェーンのデータからハッシュ値を生成し、ブロックチェーン上のハッシュ値と同じであることをいつでも証明できるわけです。

要するに、ブロックチェーンに乗っているハッシュ値からは元のデータが何なのかはまったく分からないので、プライバシーも守られるのです。

--似たような話を、以前とあるイベントでも国光さんがおっしゃっていました。文脈は全然違いましたが、ほとんどがオフチェーンになるよ、と。それにしても、どこに保管すればいいんでしょうね?

「DAOの多産多死」「ほぼオフチェーン」「Web3のIPがアカデミー賞受賞」。國光宏尚氏ら投資家達の予測

オフチェーンの場所に関してはいくつか考えられて、自分自身のデバイスに格納しておくことも可能ですし、信用できるクラウドサービスを利用してもいいでしょう。Interplanetary File System(IPFS)と呼ばれる分散型のクラウドサービスを使ってもいいかもしれません。

このハッシュ値だけをブロックチェーンに載せる方法なら、引き続きスマートコントラクトがSBTを書くことも、データ格納場所からSBTを読むこともできます。単純なデータのやり取りなら、この比較的シンプルな方法でも十分にプライバシーを守ることができるでしょう。

しかしブテリン氏は、今後個人のデータが細かく切り出され、複雑に組み合わさってAIの学習データになり、科学技術、産業が大きく発展するようになると言います。

そのためには、データのどの部分を誰にいつ、どの程度公開するのかを細かく設定できる、より高機能なプライバシー保護技術が必要になってくるとも言っています。この論文によると、その中の1つが「ゼロ知識証明」と呼ばれる暗号技術になります。

--ゼロ知識証明?

ゼロ知識証明は今日、プライバシーを保護した形での資産の移動方法として、またほかの情報は一切明らかにせずに特定の情報だけを公開する方法として、既に広く使われています。

ブテリン氏のブログによると、過去10年間に開発された暗号技術で最も優れているのがゼロ知識証明で、中でも「zk-SNARKs(zero knowledge succinct arguments of knowledge)」と呼ばれる技術が卓越していると言います。

--次々と新しい言葉が…。

zk-SNARKsは、実際の計算にどれくらい長い時間がかかろうとも、その計算の結果をすぐに証明できるという技術です。

例えば「cowという単語の後ろに秘密の数字を追加したデータを、ハッシュ関数で1億回計算した結果が、0x57d00485aaから始まるデータである」という主張が本当か嘘かを、実際にハッシュ関数に入れて1億回計算しなくても、またその秘密の数字が何であるのかが分からなくても、その場ですぐに証明できると言います。

この技術を使えば、SBTのデータのハッシュ値から、例えば「私は20歳以上である」というような主張が真実であることを簡単に証明できるというのです。

--ヘぇ〜!

さらには「Garbled circuits」という、複数のユーザーが関係する計算にもゼロ知識証明を応用できると言います。

Garbled Circuitsは、互いに双方のデータを知られたくない場合でも、双方のデータを使った計算結果だけは知ることができるという暗号技術です。

例えば、住民投票で誰が賛成票を投じ、誰が反対票を投じたのか分からなくても、投票結果は誰でも知ることができます。もちろん選挙管理委員会という信頼できる中央集権型の集計係がいれば可能なわけですが、Garbled Circuitsは集計者がいなくても同じことができる計算技術なのです。

この論文によると、Garbled Circuitsを使う際に、各人のデータをゼロ知識証明の技術を使ってハッシュ値にすれば、さらにセキュリティが向上すると言います。

もう1つの強力な技術は「designated-verifier proof(指定検証者証明)」です。designated-verifier proofは、邦訳が示す通り、指定した検証者だけがその証明が正しいかどうかが分かるという技術だ。

--これも具体例をお願いします。

例えば田中さんが、彼のSBTを使って彼が20歳以上であるということを山田さんに証明したいとしましょう。

田中さんが「私は20歳以上であるということを証明するSBTを持っている」という主張が正しいというゼロ知識証明の証明書を作成し、それを指定検証者証明を使って、山田さんに証明します。

山田さんは、それを見て田中さんの主張は十分に正しいと判断するのですが、山田さんの友人の鈴木さんは検証者として指定されていないので、田中さんが20歳以上なのかどうかは分からないようになっている。そんな技術です。

また、山田さん自身は自分が「20歳以上である」という証明書をいつでも作れるのですが、verifiable delay functions(VDF)という技術を使えば、5分間だけは誰でもその証明書を作ることができるようになると言います。

--えーと、ここまでの話をまとめると、今教えてもらったような技術を使えば、オフチェーンに格納されたSBTの元データを第三者に公開しなくても、そこから必要な情報だけを抜き出して、特定の人物にだけ、特定の時間だけ、共有することが可能になるということですね?

そういうことです!こうした技術は一例に過ぎず、これからもいろいろな技術を組み合わせることで、個人情報を安全に取り扱えるようになるでしょう。

そうすることで、個人情報が意味のある形で共有され、AIの学習データとなって、科学技術や産業が今までと比較にならないくらいの速度で発展していくことでしょう。

それを考えるために、論文で強調されているのが「AI」の存在です。連載の最後は、この「AI × Web3」の未来について考えていきたいと思います。

文:G.G
編集:長岡武司

G.GのSBT解説シリーズ by xDX

▶︎Soulbound Token(SBT)とは?Vitalik Buterin氏の論文から「Web3の未来」を考える 〜G.GのSBT解説 #1

▶Web3の真髄は「関係性によるデジタル社会の再定義」にあり 〜G.GのSBT解説 #2

▶︎Soulboundトークンはデジタル時代の「社会的包摂の基盤」になるかもしれない 〜G.GのSBT解説 #3

▶︎社会性にセキュリティを組み込むことで、デジタルな人格(ソウル)は復元できる 〜G.GのSBT解説 #4

▶︎Soulboundトークンで「真の多様性社会」を実現する方法とは 〜G.GのSBT解説 #5

▶Soulboundトークンが可能にする、Web3時代のプライバシーのあり方を考える 〜G.GのSBT解説 #6

▶︎Web3がもたらす、中央集権型「ではない」AI社会像を考える 〜G.GのSBT解説 #7(最終)

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