Web3がもたらす、中央集権型「ではない」AI社会像を考える 〜G.GのSBT解説 #7(最終)

Web3がもたらす、中央集権型「ではない」AI社会像を考える 〜G.GのSBT解説 #7(最終)

目次

2022年5月11日にイーサリアム(Ethereum)の提唱者であるビタリック・ブテリン氏が発表した論文「Decentralized Society: Finding Web3’s Soul」では、「Soulbound Token(SBT)」と呼ばれる新しいトークンのあり方を通して、現在のWeb3の課題を解決するアプローチが示されています。

連載最後となる本記事では、SBTがもたらす「AI」「予測モデル」の進化についてお伝えします。

大きな資本によるパワーゲームと目されてきたAI開発競争ですが、SBTの登場によってその様相が変わる可能性があります。今回は、論文で示されている予測モデル開発のパラダイムシフトの可能性について解説します。説明してくれるのは引き続き、高齢者DAOの開発を進めるG.Gさんです。

※前回記事はこちら

Soulboundトークンが可能にする、Web3時代のプライバシーのあり方を考える 〜G.GのSBT解説 #6

解説者プロフィール

G.G(ジージと発音)

現在高齢者向けDAOを準備中。高齢者が健康的、社会的な生活をすればトークンを稼げるAge To Earnのアプリを幾つか開発することを企画中。

Web3とAIと予測モデル

★論文の該当章:「§5 PLURAL SENSEMAKING」

前回はWeb3における所有権と財、それからプライバシーのあり方についてお話ししました。

特に公共財と私的財のどちらでもない「複数ネットワーク財」の考え方は、今後ユーザーデータを利用した「予測モデル」の中で、より重要になってくると思われます。

--予測モデルって、AIを使っていろいろな事象を予測するための統計モデルのことですか?

そうです。予測モデルを作る手法としては、大別すると「AI」と「予測市場」の2つのアプローチがあります。

いずれの場合も私たち一般消費者のデータを活用する必要があるのですが、財や所有権の考え方が古いままでは、ユーザーにとっての納得できるデータの使い方のイノベーションにつながらないと言えます。

--予測市場というのは初めて聞きました。

順番に説明していきましょうか。まずは、テクノロジー大手に極端な富や権力の集中を許したAI の特性を確認しましょう。

規模の競争となっている「AI予測モデル」

そもそもAIは、データがなければ「ただの箱」だと言われるもので、投入されるデータが多くなればなるほど、どんどんと賢くなって精度が高くなっていきます。

精度の高いAIをサービスに導入すれば、サービスの質が向上し、より多くのユーザーが利用するようになるので、結果としてより多くのデータが集まります。そうなると、AIの精度もより高まり、サービスの質がますます向上して、ユーザーの数もさらに増える。

--良いサイクルを作れたもの勝ち、ってところがありますよね。

そのとおり。早い段階でこの正のスパイラルがぐるぐると回るようになればなるほど、後発のAIがそれを追い抜くことがどんどんと難しくなります。だからこそ、早期にAIを導入したアメリカのビッグテックに富と権力が集中したのだと思われます。

一方で十分に富を蓄積したビッグテックは、この正のスパイラルの拡大成長を待たずに、さらなる大きなAIを構築しようとしています。その代表例が、米マイクロソフトが独占ライセンスを持つ「GPT-3」です。知っていますか?

--耳にしたことはありますが詳細は…。

GPT-3は高性能な文書生成機能を持つAIで、キーワードを2・3個入力すれば、そのキーワードをベースにした「それっぽい」文章を生成してくれるものです。非営利のAI企業であるOpenAIが2020年7月に発表しました。

Lian Porr氏というエンジニアがGPT-3を使ってAIにブログ記事を自動生成させてニュースサイトに投稿したところ、あっと言う間に人気記事になってしまいました。その際に、このブログ記事がAIによって自動生成されたものであることに気づいた読者はほとんどいなかったと言います。

該当記事:Feeling unproductive? Maybe you should stop overthinking.

--GPT-3はどんなデータを学習教材にしているのですか?

Wikipediaやニュース、ブログ記事など、約45テラバイトというネット上の膨大なテキストデータを、約1,750億個のパラメータを使って学習しています。

--ヒェ〜、超膨大ですね。データの数も然りですし、パラメータ数もエグいですね。

だからこそ、人間が1つの単語を書いたら、その次にどのような単語を書くのかを高い精度で予測できるのです。例えば「いつもお世話に」という文字列があれば、次にくる単語が「なっております」と予測するわけです。

次に来る確率が高い単語を次々と並べていくことで、あたかも人間が書いたかのような自然な文章を自動で生成できるのです。

--すごいなー。翻訳や対話ロボットなど、いろいろなことに使えそうですね。それにしても、テキストデータの雄と言えばGoogleだと思うのですが、この領域ではマイクロソフトが一歩抜きん出ているんですね。

いや、そんなこともありませんよ。GPT-3が発表された約半年後の2021年4月に、今度はGoogleがパラメータ数1兆6,000億個の「Swith Transformer」を発表して、一気に巻き返しています。

このように、AIの予測モデルの開発競争は「規模の競争」になってきているというわけです。

--となると、これからも一部のビッグテックに富が集中するんですかね。

そうとも言い切れませんよ。ここまではAIによる予測モデル市場の動向をお伝えしましたが、ブテリン氏の論文によると、AI は「予測市場」と呼ばれる手法を取り入れて進化していくと言います。

「予測市場モデル」の進化

予測市場とは、株式市場を模した形で将来の出来事を予測する仕組みです。ドナルド・トンプソン著の書籍『予測市場という新戦略』で話題になった考え方です。

--株式市場を模した形って、お金をかけるということですか?余計なお世話かもしれませんが、それって法的に大丈夫なのですか?

もちろん、実際にお金をかけて予測するのは法律違反になるので、大学などでトークンを使った研究という形で実験等が行われています。

例えば「次のBreakingDown(格闘技イベント)で10人ニキ(出場者名)が勝利する」という出来事が起こるのかどうかの予測について、多くの人に参加してもらって、それぞれが思う結果にトークンをかけてもらうとします。

--例えがピンポイントすぎで(笑)

普通のアンケートなら、一人の意見を“1票”と数えるので、票の多い意見の方が予測結果になります。一方で予測市場だと、トークンの数で予測結果が決まる。自分の意見に自信がある人はより多くトークンをかけるので、予測に対する自信が予測結果に反映されることになります。

株式市場は予測市場そのもので、投資家は株価が上がりそうだと予測する銘柄の株を購入します。

--予測に自信があれば、株数をより多く購入するわけですね。

そうです。そうした投資家全員の予測を集計したものが「株価」となるわけです。予測通りに株価が上昇すれば、その銘柄を安い時点で買っていた投資家は儲かるし、下落すれば損をします。

この予測市場という仕組みは未来予想の上で一定の成果を出しますが、完璧ではありません。というのもいろいろな要因があるのですが、その中の一つとして、予測するのに金銭が絡む点が挙げられます。

--どういうことですか?

すべての人が豊かになる仕組みではない、ということです。株式投資で誰かが得をすると、必ず株式投資で誰かが損をしますよね。投機目的の人が多ければ予測結果が外れる可能性が高くなるし、一方でリスクを嫌う人が参加してこないのですべての人の知恵を集結できるわけでもありません。

また、お金を多く持っている人の予測能力が必ずしも高いわけでもないです。専門的な知識を持っていて特定の事柄については予測能力が高くても、予測結果に影響を与えることができるだけの資金を持っていない人もいるでしょう。

そこで予測市場をさらに進化させる手法として考案されたのが、「チーム予測アンケート方式(team deliberation models)」です。

--チーム予測アンケート方式…。

チーム予測アンケート方式では、チームメンバーは簡単な情報共有を行なった上でトークンで投票します。各自のトークンは、過去の予測結果や仲間からの評価で重みを変更された上で集計されます。

データ予測会社Pytho社の創業者・Pavel Atanasov氏らの研究チームが行なった実験によると、普通のアンケートよりも予測市場のほうが予測精度が高かったのですが、チーム予測アンケート方式はさらに高い精度を出したと言います。特に長期傾向の兆しを発見するというタスクにおいて、チーム予測アンケート方式が高い成績を叩き出したというのです。

ブテリン氏の論文は、このチーム予測アンケート手法は「クワドラティック・ファンディング(Quadratic Funding)」の考え方を取り入れることで、さらに進化すると主張しています。

--クワドラティック・ファンディングって、前回の記事で教えてもらった、個人の寄付額の総額の2乗の額になるように主催者が不足分を支出する方法ですよね。ひとり一票ではなく、お金を持っている人が特別有利でもない形で集計するための手法と。

そのとおり。チーム予測アンケート手法にクワドラティック・ファンディングの考え方を取り入れて、例えば予測が正しければ掛金の2乗の額が返ってくるようなルールにすれば、掛金を100円支払って予測が的中すれば1万円を主催者から受け取ることができるが、外れても100円損するだけで済むことになります。

単純な予測市場モデルでは、他のメンバーの予測が大きく外れれば外れるほど自分は儲かるので、「情報を隠しておきたい」というインセンティブが働くことになります。

でもクワドラティック・ファンディング的な要素を追加すれば、予測が外れてもそれほど痛手にならないのに、当たれば大きく儲かることになるので、情報を共有しようというインセンティブが働くことになります。

--予測精度が向上するのであれば、主催者は喜んで、掛金の2乗の金額を支払うでしょうね。

こうやって予測市場型のモデルは、従来の規模の競争とは異なる形で進化する可能性があります。

SBTでさらに進化する予測市場

さらにブテリン氏は、予測市場型のモデルにSBTを取り入れることで、さらにモデルが大きく進化すると主張しています。

先ほどお伝えしたとおり、予測市場型にすることで単純なアンケートよりも個々人の思いの強さをトークン量で表現できるようになるわけですが、そこにSBTを使ってその個々人の「経歴」や「専門性」というデータを加味することで、予測の精度がさらに向上する可能性があるというわけです。

--なるほど。重み付けの計算に、参加者一人ひとりの属性のパラメータが加わって、より精緻になるということか。

そういうことです。また精度が上がらない場合は、チーム予測アンケート手法に切り替えて、SBTを基に予測チームのメンバーを入れ替えることで、予測精度を向上させることができるとも、論文では説明されています。

多くの人の知恵を集結させる方法として、「SBTを取り入れた予測市場型モデル」は期待できそうです。

ちなみにSBTを活用すると、冒頭にお伝えしたAI予測モデルの「専門性」についても、より精緻になることが想定されます。

先ほどGPT-3ではWikipediaやブログ記事のデータを学習しているとお伝えしましたが、これらは無断で借用されています。当然ながら著者に対して使用料を支払っておらず、著者のバックグラウンドを考慮してテキストを選別しているわけでもないので、もしも多くの著者が差別的な発言をしていたら、それを学習した人工知能も差別発言をしてしまいます。

--随分前ですが、同じくマイクロソフトのチャットボットがTwitterで差別発言をして話題になりましたね。そういうリスクは常に付きまといそうですね。

これに対してSBTを利用して同じ専門分野の著者のテキストだけを集めて学習すれば、その分野に特化した、より精度の高い言語モデルが完成することになります。

例えば医師の書いた原稿だけを学習すれば、より医学的に正確な文章を生成したり、翻訳ができるようになるでしょう。またデータの著者のソウル(詳細は連載2記事目を参照)が特定できるので、そのソウルに向けてデータ利用料としてトークンを支払うことも可能となります。

またSBTを使えば、ユーザー側でどのようなデータの使い方を許可するかを設定することもできます。プラットフォーム企業ではなくユーザー自身が他のユーザーを募って組合を作り、データの使用料などの条件を企業と交渉する、というようなことが起こってくるでしょう。

--そうなると、よりユーザーフレンドリーな仕組みでデータエコノミーが形成されそうですね。

そもそものパワーバランスが企業側からユーザー側に移ることになるので、今まではできるだけデータを出さないでおこうと考えていたユーザーが、積極的にデータを出すようになることが予想されます。

また企業側としても、豊富なデータをもとにして、ユーザーが望むようなAIモデルを次々と作成してくるようになることも考えられます。

つまり、ユーザーが出すわずかなデータをテック大手が勝手に利用して汎用的な巨大AIモデルを1つ作る時代から、ユーザーの協力を得て豊富なデータから多様なAIモデルが無数に誕生する時代へとパラダイムシフトが起こると、この論文は主張しています。

--今後Googleやマイクロソフト、Metaといった企業に太刀打ちできる企業はないだろうと思っていましたが、どうやらそういう雰囲気でもなさそうですね。

もし社会でこのようなパラダイムシフトが起これば、SBTが「ソウル」という人格を定義するように、一人ひとりのAIモデルもその人特有のものへと収斂されていくでしょう。

人格が社会の関係性の中で形成されるように、個人のAIモデルも、ほかのAIモデルとの補完関係や協力関係の中で個性的になっていくことが想定されます。

こうなってくると、冒頭にもお伝えした「予測市場」と「AI」という2つの予測モデルアプローチが1つに融合していくことになります。具体的には、チーム予測アンケート手法に参加するのが人間ではなく、その人物に特化したAIになり、そのAIが予測した結果に応じた報酬が一人ひとりに支払われるようになるわけです。

こうしてできた「予測市場とAIの合体予測モデル」は、予測市場およびAIの単体のモデルよりも、格段に精度の高いものになることが期待されます。

連載の最後に

ここまで全7回にわたって、ビタリック・ブテリン氏が発表した論文「Decentralized Society: Finding Web3’s Soul」で語られるWeb3の将来像についてお伝えしました。

いかがでしたか?

--最初は「また新しいタイプのトークンが生まれるのか」くらいに思っていましたが、今回のAIとの組み合わせによるインパクトまで教えてもらって、ようやくその凄さがわかってきました。

--まさに「パワー・ツー・ザ・ピープル」を目指すWeb3のど真ん中となる技術なんだなと感じました。

この論文が発表されたのは2022年5月なのですが、今回の連載が終わるまでの約5ヶ月の間でも、新しいイノベーションが次々と起こっています。Web3領域は、AI領域以上にイノベーションの速度が速いと感じていて、昨日難しかったことが今日には実現できているということが多々あります。

一方で、Web3領域でしっかりと成功していると言えるケースが、まだほとんどないのも事実です。

どうなるかわからない領域ではありますが、少なくとも論文で語られている未来がとても素敵だと私自身が思うからこそ、SBTがもたらす分散社会のあり方について解説をしていきました。

--日本政府も少しずつWeb3関連の取り組みを増やしていますよね。

そうですね。今年の骨太方針に「Web 3.0」を入れましたし、10月5日にはデジタル庁の「Web3.0研究会」の初会合も開催されています。国として大きく力を入れようとしているからこそ、社会も少しはよくなるのではないかなと期待しています。

今回のようなパラダイムシフトをもたらすような内容があれば、また解説シリーズを設けようと思います。

--僕も、まずはバイナンスによるSBT(Binance Account Boundトークン)を購入して、実際にいじってみようと思います。今回はありがとうございました!

文:G.G
編集:長岡武司

G.GのSBT解説シリーズ by xDX

▶︎Soulbound Token(SBT)とは?Vitalik Buterin氏の論文から「Web3の未来」を考える 〜G.GのSBT解説 #1

▶Web3の真髄は「関係性によるデジタル社会の再定義」にあり 〜G.GのSBT解説 #2

▶︎Soulboundトークンはデジタル時代の「社会的包摂の基盤」になるかもしれない 〜G.GのSBT解説 #3

▶︎社会性にセキュリティを組み込むことで、デジタルな人格(ソウル)は復元できる 〜G.GのSBT解説 #4

▶︎Soulboundトークンで「真の多様性社会」を実現する方法とは 〜G.GのSBT解説 #5

▶Soulboundトークンが可能にする、Web3時代のプライバシーのあり方を考える 〜G.GのSBT解説 #6

▶︎Web3がもたらす、中央集権型「ではない」AI社会像を考える 〜G.GのSBT解説 #7(最終)

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