コインチェックが取引所以外の事業を展開する理由。Web3エコシステムの創出に向けて
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次世代のインターネット、新たな経済フロンティアとして注目を集める「Web3」。2022年は“Web3元年”とも呼ばれ、NFTアートやブロックチェーンゲーム(以下、BCG)、メタバースなど、Web3に関連したビジネスやプロジェクトが次々と生まれている。
そんななか、Web3で必要不可欠になってくるのが暗号資産(クリプト)だ。NFTアートやBCGの使用通貨・アイテム、アバターに着せる服などを購入する際は、基本的にイーサリアム(ETH)やSolana(SOL)といった暗号資産が必須になってくる。
こうした暗号資産を購入する上では、暗号資産取引所で口座開設を行い、日本円を入金する必要がある。
日本にはさまざまな暗号資産取引所が存在するが、なかでも国内最大級を誇るのが「Coincheck」だ。暗号資産取引アプリにおいて、3年連続ダウンロード数国内No.1を獲得しており、取り扱う暗号資産の数に関しても18種類(2022年10月28日時点)に上っている。
さらには運営会社であるコインチェック株式会社は、暗号資産取引所の運営のみならず、NFTのマーケットプレイスやメタバース事業などの新規事業も展開している。
今回は、同社で新規事業開発部でNFTおよびメタバース事業を推進する中島 裕貴氏に、コインチェックが目指すWeb3ビジネスの展望についてお話を伺った。
簡単なUI/UX、投資の選択肢を広げたのがユーザー数増加の一因に
「Coincheck」は暗号資産取引所を含む暗号資産取引サービスを提供している。アプリユーザーが多く、2022年9月時点の累計アプリダウンロード数は533万に達しているという。
国内最大級の暗資産取引サービスとして成長できたことについて、「大きく2つの理由がある」と中島氏は説明する。
「まずひとつは、初心者でも使いやすい優れたUI/UXが支持されていることです。どうしてもブロックチェーンや暗号資産は『難しいことが多く、とっつきにくい』というイメージがあり、初めての人にとってはハードルの高さを感じやすいです。これに対してユーザー目線に立ち、操作が容易で暗号資産の取引が誰でも簡単に行えるユーザー体験を提供することで、多くの方にCoincheckを使っていただけるように意識してきました。こうしたUI/UXの追求に加え、2017年に国内でビットコイン(BTC)やICOが注目され始めたことや、2019年から2020年にかけてクリプト・ウィンター(暗号資産の冬)が明けてゆき、再び暗号資産が注目されたことが相まって、ユーザーがさらに増えていきました」
そして、2つ目の理由は「暗号資産取引サービスの枠を出て、新しいプロダクトや事業を増やしていったこと」を挙げる。
「当社では『新しい価値交換を、もっと身近に』を掲げていて、創業者である和田の『あらゆる価値交換が起こる世界において、よりシンプルに、よりわかりやすいサービスを提供する』という考えが今も脈々と受け継がれています。こうしたなか、2021年には『Coincheck NFT(β版)』と『Coincheck IEO』(暗号資産交換業者がプロジェクトと投資家を仲介して資金調達すること)をリリースしました。暗号資産もNFTも、まだまだ黎明期だと思っており、何が正解かもわからない状況ですが、今後ユースケースも増えて市場の拡大も予想されるため、まずは新しい技術で価値交換を生み出していく。このような思いから新規事業を立ち上げるに至ったのです」
「デジタル経済圏のゲートウェイ」を目指しているコインチェックは、単に間口を広げるのではなく、これから暗号資産を始める人へのサポートや暗号資産やその取引について解説するコンテンツも提供することで、「コインチェックで取引すれば安心」という信頼を醸成していくのを心がけているそうだ。
このようなビジョンが根底にあり、先のCoincheck NFT(β版)やCoincheck IEOといったサービスを国内の暗号資産取引所としては初めてリリースしたのである。
「日本では2021年の3月頃にNFTの波がきて、世の中にバズワードとして認知されていったこともあり、すごくいいタイミングでリリースできたと思っています。業績面でも既存の暗号資産取引所ビジネスに次ぐ、第2、第3の柱としてNFTのマーケットプレイスやIEO事業は成長ドライバーになっています」
コインチェックにおける2022年3月期の営業利益は、2年前のそれと比べておよそ44倍の1378億円に達している。新規事業にいち早く取り組み、時流を押さえたことが結果につながったことが、これらの数字からも容易に見受けられるだろう。
メタバースは次世代のSNSになりうる可能性がある
2022年に入ると、コインチェックは新たにメタバース事業へ参入し、ビジネスの幅を広げている。
“2035年の近未来都市”をコンセプトにしたメタバース×NFTのコミュニティ拠点となる「Oasis TOKYO」(The Sandbox上)、「Oasis KYOTO」(Decentraland上)を開発し、バーチャル経済圏の創出に向けて動き出しているのだ。
なぜ、暗号資産取引所がメタバース事業を始めるのか。
中島氏は「メタバースがゲーム以外にも、次世代のSNSとして機能する可能性を秘めているからだ」とその狙いを語る。
「暗号資産やブロックチェーンによってもたらされる“新しい価値交換”としてのNFTやメタバースに、当社としても早くから着目していました。そんななか、Web3の世界線がこれからさらに進んでいった場合、メタバースが一つのコミュニティとしてコミュニケーションや経済活動の場として発展し、ひいては現在当たり前に使っているSNSのような役割を果たすのではないか。そう考えたのがきっかけで、メタバース事業を始めることになりました」
メタバース都市「Oasis」では、プラットフォームとしてThe SandboxとDecentralandの2つを使い分けている(他にOtherside上で「Oasis MARS」も開発しているが、本記事では割愛)。どのプラットフォームがグローバル含め成長していくかは未知数なゆえ、「どこかに絞るのではなく、お互いの良さを生かして都市開発を進めていくことが大事」だと中島氏は続ける。
「メタバースの適切なプラットフォーム選定基準はもちろん、メタバースでしか体験できない価値を見出すための答えは、まだどの企業も持っていないと思います。そのため、ある種妄想レベルの楽しい体験や惹き込まれる体験を考えるのが肝になってくるでしょう。例えば普段、Decentraland上のOasis KYOTOで遊んでいるユーザーが、バーチャルの東京へ行く際にThe Sandbox上のOasis TOKYOへ遊びに行くような“メタバース旅行”のようなものがあっても面白い。唯一言えるのは、メタバースは没入体験(イマーシブ・エクスペリエンス)が高いので、いかに独自の世界観を構築できるかが鍵を握ると考えています」
世界観の構築、共通の話題づくり、ブランドやIPとのコラボが鍵となる
世界観を創る上では、一流のクリエイターを巻き込みながらプロジェクトを進めているという。例えばOasis TOKYOのクリエイティブディレクターには小橋賢児氏が就任。同氏は未来型花火エンターテイメント「STAR ISLAND」や都市型野外音楽フェス「ULTRA JAPAN」、「東京2020パラリンピック」など、数々のイベントのプロデュースや演出を手がけ、成功を収めてきた人物だ。
「小橋さんやWeb3事業責任者の天羽とよく話すのは、『“非日常”を感じるのは、リアルでもバーチャルでも重なる部分がある』ということです。しっかりと組み立てられた世界観が人を魅了し、人を惹きつけるわけですが、これらを言語化するのは難しいことでもあります。バーチャル空間に都市を作る上で何が魅力的なのかを試行錯誤しながら、最適解を見出していきたいですね。
その中でひとつ重要なのは、『共通の話題があるかどうか』という点です。単にバーチャル上に箱を作って、人を集めて、さあやってくださいでは何も始まりません。Oasis TOKYOやOasis KYOTOという場所は、さまざまな人のニーズに応えられるメタバース都市であり、いろんなコンテンツを創造できるポテンシャルがあると思っています」
さらにメタバース都市「Oasis」のプロジェクトでは、元AKB48の小嶋陽菜氏プロデュースのアパレル『Her lip to』や、新進気鋭のブランドとして世界から注目を集める「ANREALAGE」、ファッションモデル・女優の水原 希子氏、“サムライギタリスト”の異名を持つMIYAVI氏、日本発のジェネラティブNFTプロジェクトとして話題の「NEO TOKYO PUNKS」など、さまざまなジャンルのブランドやIPとのコラボを発表している。
ブランドやIPの選定については「広く認知されていることや確固たるビジョンを持っていて、メタバースに可能性を感じていただけているパートナーを協業先として選んでいる」と中島氏は説明する。
Oasis TOKYO内にあるランウェイ。ここでファッションブランドのショーなどが行われるという
Oasis TOKYO内にあるランウェイ。ここでファッションブランドのショーなどが行われるという
「ファッションブランドであればファッションショーや展示会、アーティストならライブ、NFTアートならホルダー向けのコミュニティイベントなど、メタバースとの親和性はたくさんあると思っています。先日ブースを出展したMETAVERSE EXPO JAPAN 2022でも、多くの企業の新規事業担当者から引き合いをいただいて、注目度の高さを実感しています。その一方で大事にしたいのは、メタバース内コンテンツをどう作るかではなく『ユーザーとどう向き合っていくか』です。まだ誰も、メタバースの真価となる体験価値はわからないと思うので、ユーザーさんと一緒に作っていくのがあるべき姿だと捉えています」
Web3エコシステムを創出し、独自の経済圏を築いていきたい
中島氏も寄稿している書籍『NFTの教科書』(朝日新聞出版)。中島氏寄稿パートでは、NFTの概況とマーケットプレイスについて紹介されている
FacebookがMeta社へと改名したことに続き、日本政府もWeb3を国家戦略として掲げたことで、より一層Web3業界の底上げが期待されるわけだが、今後のマスアダプションに向けては何が必要になるのだろうか。
「マスアダプションを語るのは非常に難しい」と前置きしつつ、中島氏は次のように見解を示す。
「Web3の認識自体は広がっているものの、いざ始めてみようと思っても、難解な仕組みやアンフレンドリーなユーザー体験が足かせとなったり、そもそもWeb3のビジネスをやる必要性を感じていなかったりするのが現状だと思います。このようなユーザーペインを抱えているなかで、我々コインチェックはゲートウェイとしての立ち位置として情報提供のコンテンツを提供し、ユーザーの関心を高めたりクリプトをはじめWeb3への理解を深めることに努めています。私も執筆に関わった著書『NFT教科書』やコラムを通じて、少しでも知識の向上やWeb3への興味喚起ができればと思っています」
最後に、今後の展望について中島氏は「コインチェック独自のNFTを発行し、Web3エコシステムの構築を目指したい」と意気込みを述べた。
「メタバース都市『Oasis』の構想は、天羽が今年の正月にアイデアを出したものでした。そこからものすごいスピード感で展開できているのは正直驚いていて、Web3のエコシステムを創出し、経済圏を見出せるように尽力していければと思います。今は点として存在しているコンテンツでも、それが点と点が繋がり出して線になっていけば、新たなユーザー体験を生み出すことができ、魅力的なコミュニティへと昇華できると思います。今後もパートナーと共創していきながら取り組んでいきたいと考えています」
ライター後記
コインチェックがなぜ暗号資産取引所にとどまらず、さまざまな新規事業に取り組むのかが、今回の取材でわかった。
「デジタル経済圏へのゲートウェイになる」
このような明確なビジョンを持っているからこそ、根幹にある軸はぶらさずに次々と事業展開することが可能なわけだ。
目まぐるしく変わっていくWeb3のトレンドにアジャストし、ユーザーファーストの考えで取り組む姿勢は、非常に参考となるのではないだろうか。
取材/文/撮影:古田島大介
編集:長岡 武司