レジリエンスの真髄とは、私が日本を訪れるたびに感じる“安定”のようなものだ

レジリエンスの真髄とは、私が日本を訪れるたびに感じる“安定”のようなものだ

目次

複雑化した時代において、地に足をつけた将来戦略を描くために、企業や個人はどのような視点で世の中を眺めれば良いのか。

今回も前編に引き続き、2021年11月14日に開催されたビジネスカンファレンス「COMPANY Forum 2021」(主催:株式会社Works Human Intelligence)での、歴史学者であるニーアル・ファーガソン[Niall Ferguson]氏によるキーノートセッションの様子をお伝えする。同氏はセッションを通じて、日本という国のレジリエンス力を非常に高く評価していた。

▶︎​​この記事には前編があります

これから先も、おそらくはパンデミックが続く

ここ1年のコロナ禍は非常に大規模な災害であることは間違いないわけだが、長い人類の歴史を振り返って比較してみると、実は過去に発生したパンデミックのトップ20にかろうじて入る規模であることがわかる。

ジョン・ホプキンス大学の数字をベースに考えると、現時点までのCOVID-19は世界人口の0.059%を死に至らしめているわけだが、これに対して13〜14世紀にかけての黒死病(ペスト)の大流行ではユーラシア大陸の大部分を席巻し、当時の人類の3分の1を死に至らしめたと考えられているのだ。また1918〜1919年にかけてのスペイン風邪を見てみても、少なくともCOVID-19の10倍、おそらくは30倍近い割合の人々を死に至らしめている。さらにHIV・エイズを考えても、これまで3,600万人以上の方が亡くなっており、死者の総計においてはCOVID-19よりもかなり悪い数字となっている。

もちろん、HIV・エイズはより長い時間軸での累計数値ではあるが、我々はすでにCOVID-19よりもひどいパンデミックを経験済みということに違いはない。近年の死者数の多くが先進諸国ではなくアフリカなどの途上国で発生していることから、なかなか実感が沸かないかもしれないが、HIV・エイズにはワクチンが存在せず、治療法は高価な抗レトロウイルスしか存在しないために、途上国においては特に、今もかかると死に至る病というのが世界共通の認識なのである。

これに対してCOVID-19は、早々にワクチンが開発されている。すでに制御可能な兆しが見えてはいるものの、例えば米国ではワクチン不足では無く「ワクチンへの嫌悪、あるいはためらい」が大きな問題となっており、人口の実に4分の1近くがワクチン摂取を拒むかためらいを見せている。

「世界人口のかなりの割合がワクチン未接種である限り、グローバルでみた場合、COVID-19による死者は今後も出続けるでしょう。またCOVAXイニシアチブがあまりうまくいっていないので、ワクチン接種済みの人々は、途上国では人口のほんの一部にとどまっています。つまり、パンデミックが2021年中に収束しないままに2022年位突入する。おそらくはさらに、その先まで続くでしょう。パンデミックのこの先については、初期のような大きな波はこないでしょうが、幾重もの波が続くと覚悟しておくことが正しい想定でしょう」

世界はより平和になっているわけではない

先ほど(前編で)お伝えした通り、日本は他国と比べてCOVID-19の影響は相対的に低いわけだが、一方でこの国は、ここまで見てきたような災害とは別の種類の災害を被ってきた。

こちらは時系列でいくつかの国々の平均余命を表したグラフであるが、全体としては上昇傾向であるものの、急激に落ち込んでいる時期もあることが分かる。いくつかの国の平均余命は、20世紀中頃で急激に落ち込んでいるのだ。世界の多くの場所においてはパンデミックが大きな要因となっているわけだが、日本の場合は例外で、パンデミックよりも「戦争」の方が、より多くの死をもたらしてきたとファーガソン氏は強調する。

「今日の世界においては、世界はより平和になりつつあると主張する者もおりますが、そんなことはありません。戦争の発生に規則性はないのです。そして、第二次世界大戦はこれまで人類が引き起こした最大の惨劇かもしれないません。戦災があそこまで大きくなったのは、双方が敵を痛めつけ弱体化させ、戦意をくじく目的で都市や民間人を爆撃したからです。レジリエンスについて考える際は、災害には色々な形態があることを認識しておくべきなのです」

この18ヶ月間、日本は戦争にも大きな地震にも見舞われていない。ご存知の通り、日本は非常に“不安定な地盤”の上に成り立っているので、大地震がいつ起きるか分からない状況ではあるが、幸いにもまだそれは起こっていない。COVID-19も先述のとおり、西欧諸国と比べるとそれほど深刻なものではない。

ところが経済のパフォーマンスという面に目を向けると、日本の業績は米国よりも悪い。IMFの最新の経済予測によると、日本は2021年と2022年において、ほとんど全ての先進国の後塵を拝することになるという。

「このギャップの原因を理解するためには、パンデミックの経済的な影響の程度を知るとともに、その対策としての政策の規模の大きさを知る必要があります」

全く別種の困難に直面している日本と米国の企業

昨年の調査報告書(by. Lawrence Summers & David Cutler)で、米国のCOVID-19の影響は概算でGDPの約90%に相当することが示された(参考記事)。この数字は、気候変動の経済的影響の50年分に相当するものとも指摘されており、単純に比較しても、米国経済への影響は明らかに、日本経済への影響を上回っている。

だが、米国の政策的な対応も遥かに大規模なものとなった。そもそもだが、米国経済についての最も顕著な現象は、過去十年あまりの間における公的債務および国債発行残高の急激な上昇スピードだろう。下記左スライドのグラフのとおり、債務残高は2008年の経済危機を起点に爆発的な上昇を見せており、パンデミックの間も急上昇を続けている状況だ。

表中のカラーの線は、議会予算局が異なる時期に行った予測値を表したもの。GDPに対する連邦政府の債務残高を激増させようとする試みを表している

2008年から2012年にかけて連邦政府の債務は第二次世界大戦中とほぼ同様のスピードで上昇した。この期の終わりの債務残高は、二次世界大戦後の1945年の債務残高とほぼ同様だったのだが、この先も債務が増えてゆくと予測されているという点で異なっていた。今世紀の半ば頃には、GDPの200%ほどに達すると見込まれている。現にスライド右側を見てみると、連邦準備金の額が急速に増えている様子が確認できる。これがアメリカ経済が、ここ2年間で相対的にパフォーマンスを発揮している理由だろうとファーガソン氏は語る。

「世界金融危機がアメリカ経済に与えた影響は大変大きかったのですが、これに対して経済的な対応策は比較的小規模でした。COVID-19についてはちょうど逆のことが言え、経済的損失は世界金融危機の4分の1程度でしたが、経済対策は4倍の規模だったわけです。つまり、COVID-19への経済対策の規模はあまりにも巨大だったために、アメリカ経済が加熱に至るリスクが相当高くなっているのです」

先の報告書を発表したサマーズ氏も、今年2月にワシントンポスト紙に、「バイデン政権によって施行された景気刺激策が巨大すぎたため、アメリカ経済が加熱し、インフレーションを招く危険性がある」と警告を発する記事を寄稿している。以下のインフレーションを時系列で示したグラフを見ても、1973年のオイルショックとその6年後のイラン革命の時期以外は落ち着いていたが、直近の右端を見ると、2%から5%へと跳ね上がっていることが分かる。現在の状況は60年代後半の再現なのか、それとも異なる現象なのか。

「サマーズ氏の主張を私なりに解釈すれば、彼は同様のことが起きつつあると主張しているのです。過剰に緩和的な金融政策をとるという同様の過ちが、制御不能なインフレーションを招くと主張しているわけです」

もちろん別のシナリオとして、今回のインフレは一時的なものであるという見方もある。パンデミックからの脱出は、戦争からの脱出と同様の経緯を辿るという主張だ。上のグラフにある通り、第二次世界大戦後と朝鮮戦争後、それぞれに一時的なインフレがあったわけだ。

今回はどちらの歴史が繰り返されるのか?連邦準備銀行のジェイ・パウエル氏は、今年1月に「私が生まれ育った頃のような厄介なインフレーションが繰り返されることはない」と主張している。

ちなみに日本の経済状況は、かなり深い部分でアメリカとは異なっている。左側のグラフが示すように、日本のCOVID-19パンデミックへの対応としての財政出動の規模は、ドイツほど小ぶりではないにせよ、米国と比べるならば遥かに小規模となっている。また、日本はインフレに対する懸念も必要としていない。むしろ日本は、90年代以降デフレの罠にはまっているので、インフレ率の上昇は日本の政策決定者たちにとってはデフレからの脱却を意味するものであり、むしろ歓迎される状況でもある。

つまり、日本企業は米企業とは全く別種の困難に直面しているというわけだ。

レジリエンスとは、災害発生時にいかに素早く反応するかである

最後に、ファーガソン氏は地政学上のレジリエンスと脆弱性という問題についても言及した。特に憂慮すべきは米国と中国の深い溝であり、「ひょっとしたらパンデミックのもたらした最も深い変化は、公衆衛生や経済や国内政治上の変化ではなく、地政学上の変化かもしれない」と、ファーガソン氏は述べる。

米国や日本を含めた他の先進国の世論調査結果を見てみると、中国政府に対する否定的な感情が急速に増大していることがわかる。イタリアとギリシアという例外を除けば、ここ二年の間でほとんどの国の中国に対する悪感情が跳ね上がっていることが分かるだろう。

「私がみるところ、我々は冷戦パート2の初期段階から中期段階へと入りつつあるのです。これは私だけの意見ではなく、ヘンリー・キッシンジャーも同様です」

キッシンジャー氏といえば、デタントや三角外交を生み出した人物。そんな同氏は、2019年にブルームバーグが北京で開催したカンファレンスにおいて、当時の状況を「我々は冷戦という山の山裾の丘にいる」と表現していたのだが、それから2年後のインタビューでは「我々は冷戦という山の山道にいる」と表現を変えている。50年前に極秘で北京へと飛び、周恩来との会談を設定してアメリカと中華人民共和国の関係構築のきっかけを作った人物がこのように言っているのだ。

「拙著『Doom』の中で、私は、人為的な災害と自然災害の境界は、実際のところかなり曖昧であると主張しました。COVID-19において、アメリカ人が被った悲惨な体験は、自然災害であるとともに人為的災害でもあります。このウイルスの起源そのものと同様です。どんな冷戦であっても、その最大のリスクは熱戦に変わりかねないのです」

この冷戦も熱戦となり得るのか?もしなるとすれば場所はどこか?この疑問への答えは明らかであり、その場所とは台湾だと、ファーガソン氏は語気を強める。

「もし中国が台湾を攻撃したとしたら、アメリカはどうするのでしょうか?これは最大の難問の一つです。
現在COP26が開催されていますが、気候変動について注意深くみると、冷戦の問題でもあることがわかります。環境活動家であるグレタ・トゥーンベリが誕生した年である2003年以降、中国は32%増加した二酸化炭素放出分の3分の2に責任を有し、また39%増えた石炭消費の増加分のなんと93%に責任を有しています。
私が思いますに、気候の問題はこの先、アメリカと共産中国との根本的な冷戦からだんだんと切り離せないものとなっていくでしょう。この先、この2つは別個の問題とは扱われなくなり、同一の根本的な問題の2つの側面として見なされるようになるのです」

もちろん、これは一企業による事業活動においても大変重要な考えだ。例えば「新疆綿」の問題ひとつ考えてみても、もはや人権のデューデリジェンス等考慮すべきことは多くあり、この新冷戦の枠組みを避けては通れないだろう。このような時代の中において、あらゆる企業が世界を生き抜くにはレジリエンスがキーワードになると、ファーガソン氏は改めて強調する。

「レジリエントな国家や企業が行い得ることは、災害が始まった時に、それに素早く反応することだけです。幾重もの波に晒され続ける国々は、レジリエンスを身につけます。これは歴史から得られる教訓であり、日本の歴史がそれを証明しております。日本の企業も、災害という歴史の波に対応する中で同様のレジリエンスを身につけられるはずです」

(画像提供:株式会社Works Human Intelligence)

最後に、ファーガソン氏は以下のメッセージで講演を締め括った。

「現在の世界において、日本は様々な意味において世界の見本となる民主主義国です。前回日本を訪問した際に、生まれ故郷のイギリスの不安定さや移り住んだ先のアメリカの不安定さと比べて、日本の政治や社会の安定した様に感銘を受けました。ここで強く述べたいのは、日本の皆様はこのような状態をあまりにも当然のものとし、自らを過小評価しすぎているという点です。その必要はありません。
なぜなら、レジリエンスの真髄とは、私が日本を訪れるたびに感じる安定のようなものだからです」

取材・文:長岡武司

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