今と未来の日本に真に必要な「教育dX」を考える〜「未来の教室」フォーラム
目次
教育の分野でも重要性が増す「DX(デジタルトランスフォーメーション)」。経済産業省では、学びの生まれ変わり(=X、トランスフォーメーション)を目的として、「未来の教室」プロジェクトを進行中である。今年からデジタル庁も参画し、文部科学省含め省庁横断で取り組んでいるプロジェクトだ。
今年度の実証事業を土台に、これからのプロジェクト進展の具体的なイメージを共有する「未来の教室」フォーラムが、2021年11月20日、「Edvation×Summit 2021 Online」上で行われた。
「未来の教室」では、「DX」ではなく、あえて「dX」と表記するという。その理由も解き明かしながら、プロジェクトが進める「教育dX」が何を目指しているのかが示される。どんな「教育dX」が子どもたちを幸せにするのか、想像を巡らせながら、イベントの内容を追っていただきたい。
「未来の教室」プロジェクトとは
初等中等教育とリカレント教育(社会人の学び直し)の改革に焦点を充て、教育イノベーションを推進するために2018年から開始した、経済産業省の実証プロジェクト「未来の教室」。2022年までの最初の5カ年計画も4年目となっている。
当初は文部科学省との協力関係のもとで「誰一人取り残さず・留め置かない学習機械の創出」を目指してGIGAスクール環境の整備に向けた施策を行ってきたわけだが、今年からはDXに関わる全ての省庁のハブであるデジタル庁も参画し、より強力な省庁横断型の体制で進める下地が整ったと言えるだろう。
全ては子どもたち、そして一人ひとりの学習者のためのプロジェクトである「未来の教室」。プロジェクト4年目の現在地の様子を、担当となる教育産業室長、浅野大介氏が報告した。
経済産業省「未来の教室」プロジェクトの経過報告
「未来の教室」の5ヵ年計画は3つのフェーズに分かれており、現在はその中の第2フェーズに位置している。2018年にはGIGAスクール構想の前座のようにして始まったプロジェクトが、進化を続けながら一歩ずつ前に進んでいるのだ。
特記すべきは、コロナ禍におけるGIGAスクール構想の主軸である「1人1台の端末整備」である。高等学校は未達であり、またバッテリーやWi-Fiの問題が残ってはいるものの、全国の小中学校への整備は達成し、「未来の教室」の第2フェーズの入り口は整えられた。次はこれらをどう活用していくのかが問われるわけだ。
そもそもだが、「未来の教室」では「学びのSTEAM化(学際的探究)」と、「学びの個別最適化」が大きな軸となっている。STEAMとは科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、芸術(Art)、数学(Mathematics)を指しており、学びのSTEAM化とは、これらの分野を創造的、実践的、かつ横断的に循環させることを示している。
「「未来の教室」プロジェクトでは、学習者の「創る」と「知る」が興味や関心といったワクワクを軸に、クルクルと回るイメージで進められています。その循環の実現のためには学びの個別最適化が必要であり、データを使いこなすことが必要であり、これらを本気で実現するためにはDXが必要だと言うことです」(浅野氏)
学びの風穴を開けるためのSTEAMライブラリー
この「学びのSTEAM化」を実現する上で重要なプラットフォームの一つとなるのが、「STEAMライブラリー」と呼ばれるデジタルコンテンツライブラリーだ。こちらは、「生徒が一方的に学習をするだけでなく、教師や研究者、企業人も交わる双方向的な学習の場を目指している」ものだと、公式サイトでは記載されている。将来的には、生徒の興味・関心に合わせてアクセスする情報を選択し、学校の枠を超えて地域や社会の人々と協働的に学習・実践・発信ができるプラットフォームになる予定とのことだ。
「例えば、iPS細胞に興味を持った生徒がいて、そこから生物学を学ぶ、先端の論文を読みたいから英語を学ぶ、と言うのがSTEAM学習の入り口です。学びに理由があるという点が大切なのです。
また、STEAM教育では「答えがない学び」を扱います。アフリカの非電化地域をどうやって電化するか、プラごみ海洋汚染問題や水質汚濁問題の解決策など、社会課題と言われるもののほとんどが答えの出ていない問題です。それらリアルな問題に取り組んでみようと言うのもSTEAM教育の重要な視点です。
地球に現在進行形で存在する課題に取り組むには、ITを活用し、知識を編集し、人と議論し理解を深め、自分なりのソリューションを作る、このサイクルを繰り返すことが必要です。これら全てのきっかけになるのが、“ホンモノに触れる”という体験です。それらのきっかけや学びの体験を共有しようと言う目的で作られたのがSTEAMライブラリーというわけです」(浅野氏)
なぜDXではなく「dX」なのか
冒頭にも記載したとおり、「未来の教室」ではデジタルトランスフォーメーションのことをDXではなく「dX」と表記している。これについて浅野氏は、以下のようにコメントする。
「DXは“dX”だと考えています。目的は「X(トランスフォーメーション=変革)」の方であって、デジタルの「d」はあくまで手段です。デジタル化が目的になってはいけない。日本の教育における“dX”とはこういうことだと思います」(浅野氏)
学習者一人ひとりが自分に合った環境を選び、指導者、道具、時間、教材などを自由に組み合わせて、自分のやりたい学びを深める。このためには、以下のような“福祉”と“シゴト”を基盤とする学びというピラミッド構造のあり方が望まれると、浅野氏は続ける。
「ここからは、このピラミッド実現のための時間、場所、空間に縛られない“学びの生まれ変わり”の事例と、“教員と学校の生まれ変わり”の事例をご紹介したいと思います。どんな「dX」が子どもたちを幸せにするのか?今日はそこに向かって議論を進めたいと思います」(浅野氏)
学校を拡張し「学び」を問い直してつながる〜「未来の地球学校」
まずは「学びの生まれ変わり」事例について、「越境」をキーワードに3つの事例が発表された。ここでは、株式会社steAm代表取締役・中島さち子氏が示した、リアルとオンラインの2つを掛け合わせて日本と世界を繋いでいく実証事業についてご紹介する。
音楽と数学、教育者など、多様なバックグラウンドを持つ中島氏は「万物にひそむ創造性を引き出し、ひらきたい」と語る。この視点を土台にして、学校という概念をメタで超えていきたい、そのための「学校の拡張」であり、学びの問い直しなのだと述べる。
そのなかで中島氏が注力している取り組みの一つが「未来の地球学校」である。これは、「世界中の多様ないのちの創造の喜びを爆発させる共創ネットワーク」だという。具体的には現在、全国の高校や特別支援学校、子ども園、聾(ろう)学校、専門高校、過疎地の学校、コミュニティカフェ、ミュージアム、図書館、科学館、企業などを繋ぎ、多様な繋がりの中でどんなものが生まれてくるのかを検証しているという。以下は、その過程で生まれた様々なプロジェクトとなっている。
「キーとなる大学生メンターは、毎週オンラインで集まって勉強会をしているのですが、その中で大学間の垣根を越えた活動やコミュニティが作られ始めています。また海外の学生、具体的にはカンボジアの学生からコーディングを教わるなど、予想しなかった学び合いが生まれています」(中島氏)
STEMやSTEAM、SDGsといった分野は世界的にも関心度が高く、同氏が携わったプロジェクトについても前述のSTEAMライブラリへと素材を提供し、誰でも無償で見て活用できるようになっているという。
なお中島氏は近年、ニューヨークでITP(interactive telecommunications program)に参加しており、そこでまさにSTEAMの力を肌で感じ、芸術(Art)とは問いを生み出す営みなのだと改めて体感したと語る。2025年大阪万博のテーマ事業プロデューサーも務める中島氏は、万博という世界とつながるチャンスを一過性のものにしないためにも、「未来の地球学校」は広げていきたいと締めくくった。
クロストーク)子どもも教員も大人も巻き込んで、楽しい学びの仕掛けを作りたい
ここからは、冒頭の経産省・浅野氏やsteAm・中島氏に以下のメンバーも加わって、「学びの生まれ変わり」についてのクロストークが繰り広げられた
・岩本悠氏(一般社団法人 地域・教育魅力化プラットフォーム 代表理事)
・福田竹志氏(株式会社リクルート HITOLAB)
・末冨芳氏(日本大学文理学部 教授)
・森田朗氏(一般社団法人次世代基盤政策研究所 代表理事/東京大学 名誉教授)
・佐藤昌宏氏(一般社団法人 教育イノベーション協議会 代表理事 デジタルハリウッド大学 教授・学長補佐)
岩本氏は、地域・学校、そして学び方を自由に選び、まるで旅をしながら学べるような「旅する学校」という取り組みを主催している人物だ。また福田氏は、アメリカの実験的高等教育機関で、キャンパスを持たないミネルバ大学のクラス運営の方法を、日本の学校教育へ生かしてみようという試みを行う人物である。
浅野:3つの事例がつながって掛け算できたらどうなるのか、考えていました。時間、場所、単位の組み合わせ可能な「旅する学校」、学びを増幅できる「ミネルバ大学教授法」、各種学校をつなげた事例が多様な「未来の地球学校」。ワクワクしますね。
森田:DXで可能になったことが2つあって、時間と空間に縛られない学びを開いたということは、学びの意欲に扉を開いた、ということですよね。もう1つが個別最適化な学びを可能にしたこと。多様性に応じた学びが可能になりましたね。
佐藤:テクノロジーの先進性よりも汎用性が多様性をもたらしたと感じます。次は制度の変革で、教育イノベーションを社会実装する段階だと思います。オルタナティブ教育では既存ですが、公教育へ実装しようと試みていることに意味がありますね。
岩本:単位互換にしても何でも、前例がないと怖がられてしまいます。その不安をどう払拭しながら進めていくか、が課題ですね。
中島:「未来の地球学校」では先生方のコミュニティができたことも成果です。でも、大人が恣意的に生徒たちを繋ごうとしても長続きしません。緩やかなネットワークの中から、近しいところや気になるところを見つけて繋がっていくことで、結局は良いものが生まれました。
福田:ミネルヴァの授業は、時間と空間に縛られないものであると同時に、生徒同士の学び合いから、学びが勝手に自走していくことが強みです。繋がりやすい手法ですので、あちこちで活用できたら学びがぐんと生まれ変わっていくと思います。
末富:対面かオンラインか、という二項対立から一歩進めていきたいですね。子どもに限らず、大人や教員も学べる仕掛けが作れるといいですね。学習者がどう在りたいか、を自分たちで問い直し、それぞれの学び方を作っていけるのがいいかと考えています。
中島:「未来の地球学校」も「旅する学校」や「ミネルバ教授法」と小さくでも繋がっていきたいです。
浅野:このまま会議室へ、というところでしょうか(笑) 皆さんがやりやすいように制度を整えるのは、我々行政の仕事ですので、しっかりやっていきます。生徒同士のネットワークと共に、先生方の相互交流ももっと広げていきたいですね。
「教員」「学校」の生まれ変わり〜現場の必要性と危機感が教員をチーム化する
続いての事例テーマは「学びの生まれ変わり」を支える、「教員」と「学校」の生まれ変わりについて。ここでは、福山市立城東中学校で、不登校と不登校傾向のある生徒の支援を行なっている取り組みについて、学研プラスの佐久裕昭氏と株式会社SPACEの福本理恵氏による登壇内容をご紹介する。
「不登校や不登校傾向のある生徒さんは、学習支援のサポートをしたいとこちらが思っても、生徒さん側が取り組めるようになるまで、いくつかハードルがあるようです」(佐久氏)
どんな障害があって、どんな手立てをすると学習に至るのか。それらを前年度の実証からまとめた仮説が、以下のフロー図になるという。
「この仮説をもとに、今年度の生徒さんの見取りを行い、打つべき手立てを検討しています。同時に、先生方から個別の生徒さんへの見取りも行いました。上記の図で、Lv2は学習に至っている生徒さんたちです。その手前、Lv1やLv0の生徒さんには支援が届かないことになります。これらの生徒さんをLv2へ引き上げる必要があり、その手立てを検討したいと言うのが、見取りの目的です」(佐久氏)
さらに、外部の支援者と学校内の教員の見取り、2種類の見取りを比較すると、項目によって大きなずれがあることがわかったと佐久氏は述べる。
「ずれがあること自体に問題があるわけではなく、ずれがある事実を認識することに意味があります。見取りのずれから手立てのずれを生まないために、統一されたフォーマットを作る必要がありました。これに対して、私たちはこのような3つの共有フォーマットを作ったのです」(佐久氏)
これら3つの共有フォーマットは、以下の目的に向けて作成されたとし、デジタルによる支援情報の蓄積を支えています。
- 見取りと手立てを共有できる
- 図や表で視覚化することで生徒の状況が理解しやすくなり、次の手立てを導ける
- ヌケモレなく、生徒にあった支援を行える
「これを学校内で共有・検討・修正し、生徒さん一人ひとりに適した手立てを行なっているところです。不登校の生徒さんの見取りと手立ての情報をデジタル化して蓄積するところが「d」で、生徒さん一人ひとりに最適化された支援が行えると言うところが「X」と言えます」(佐久氏)
ここまでの取り組みを前提に、お二人よりその効果やプロセスに対する所感等が述べられた。
「デジタルの良いところは抜け漏れがないところです。子ども達を取り巻く環境の情報を一元化して見える化し、学校内外との情報連携が進むことで教員のスキルアップにも繋がり、それが子ども達へと還元される効果があると考えています」(福本氏)
「これら大幅なデジタル化が行えたのも、城東中の先生方が皆さんがオープンで、同じ問題意識を共有できたからだと思います。またこの一連の支援は、不登校の生徒さんに限らず、全ての生徒さんに有用なものではないかと考えています」(佐久氏)
クロストーク)「特殊」を「一般」へ普遍化する。すべての生徒が居心地良い学校へ
浅野:城東中の話は、「特殊」を「普遍」にするという、「未来の教室」の論点の一つの入り口になるものですね。城東中は校内に別室登校の部屋が2つあって、とてもリラックスできて集中できる作りになっています。こちらを「特別教室」ではなく、むしろ一般化すべきだと思っています。
福本:課題は別室にも来られない生徒さんですが、オンラインへのチャレンジも進み、学校全体で多様な学びへの意識がかなり進展している印象です。不登校の生徒さんの生活の実態はなかなか見えてこないものです。見取りがきちんとされていないことで、関わる教員の方それぞれの良かれと思う対応がまちまちになり、生徒さんの混乱を招きがちだったのですが、それが改善されました。
浅野:感覚過敏や認知の特性もアセスメントの視点に入っているのですか?
福本:入っています。デジタルがいい子、紙がいい子、大勢での学びがいい子、個別学習がいい子、大きく違うので、対応はSAOS に則って行なっています。
末富:生徒と先生の起こりがちなずれを、よく擦り合わせていると思って聞いていました。互いのずれを意識して、違いに気づけることが大切です。学習につなげる手立てとして、とても丁寧で暖かさを感じる良い仕組みだと思います。
クロストーク)「dX」をきっかけに問い直す「学び」の本質と楽しさ
ここからはさらに、サイボウズのなかむらアサミ氏や、堀井学園横浜創英中学・高等学校 校長の工藤勇一氏も加わって、それぞれの意見を述べた。
浅野:後半は教員や学校のチーム化、問題意識の共有といったあたりが論点でしたが、現場の疑問や課題感をどうやったら表出できるのか、と言うあたり、なかむらさんいかがでしょうか?
なかむら:現場の先生方は目の前の仕事に精一杯で改善策へ手が回っていません。外部の人間が指摘し、改善後のわかりやすい結果を見せることがチーム化も改革もスピードアップさせたと実感しています。
森田:時間は貴重な資源だというマネジメントの基礎の考え方を取り入れる必要を強く感じます。先生しかできないことを時間の価値から割り出して、それぞれの業務の価値を測りたいですね。また、評価は多様な視点から分析するのが良くて、これはデジタル社会でこそ実現するものだと思います。
工藤:「dX」を目的化しないことが重要です。日本は未だかつて、「教育の最上位目標に合意したことがない国」なのです。デンマークの義務教育法は最初に「学校は保護者と協力して子ども自身が学びたがる環境を作る責務がある」と謳われています。日本はどうか。「教育dX」をきっかけに学びの本質を問い直す姿勢が必要です。
浅野:「dX」は「X(トランスフォーメーション)」こそが目的です。そこに取り組む姿をデジタル庁を中心に見せていきたいですね。学校を繋いだら、あるいは探究に軸を置いたら、一体何が起こるのか。生徒も教員も「楽しいからやりたい」と思えるように我々は取り組んでいきたいと思います。
時間や場所を超えた学びは、一般の学習者を自由にするだけでなく、障害や不登校など困難を抱える学習者にも自由をもたらす。教員や学校が多様な学びを追求すれば、それは自ずと多様な学習者を子どもたちを暖かく巻き込むことになるだろう。多様な学習者が繋がって行う協働的な学びを追求すれば、学びそのものが多様性を包摂するものになると感じる。
浅野氏は「特殊」を「普遍」に、と述べ、「どんなdXが子どもたちを幸せにするのか」と提起した。マイノリティが学びやすい学びは、マジョリティにも学びやすいものになる。学校はもっとラクをしていいし、もっと居心地が良く在って良いものだ。これは学習者だけでなく、教員含む全ての関係者にとっての居心地の良さ、働きやすい働き方が追求されるべきだと言うことだ。
「生まれ変わり」の事例は、まさに「X(トランスフォーメーション)」だった。この大きな変革の予感を、日本の教育界を牽引する登壇者たちが楽しげに語り合う場は、希望と呼べるものだ。今後の展開も目を離さず注視していきたい。
編集:長岡武司
取材/文:麓 加誉子