社会に価値ある「スマート農業」を実現する条件とは?

社会に価値ある「スマート農業」を実現する条件とは?

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iPhoneの登場以来、「スマート」という単語をよく目にするようになった。「スマートフォン」や「スマートカー」はもとより、近年は「スマートシティ」や「スマートアイランド」など、街や島にまで“賢さ”が備わっているようだ。

農業も例外ではなく、ここ数年で「スマート農業」がホットなテーマとなっている。しかも、どこか洗練されたイメージを伝えるための標語として機能する他領域の「スマート」ワードと異なり、スマート農業には、業態そのものを抜本的に変革しなければ未来はないという危機感の現れとして存在しているように感じる。

2021年6月17日に開催されたAG/SUM2021 SYMPOSIUMのプログラム「待ったなしの『スマート農業』環境、パンデミック対応で異次元の変革進む」では、産業界から政治、農業団体まで各界のトップランナーたちが集い、スマート農業について熱い議論が交わされた。

今回は、私たちとは切っても切り離せない「食」に密接に関連する農業の最前線をお伝えする。

登壇者情報

  • 齋藤 健(衆議院議員 元農林水産大臣)
  • 山﨑 周二(全国農業協同組合連合会(JA全農)代表理事理事長)
  • 北尾 裕一(クボタ 代表取締役社長)
  • 高橋 博之(ポケットマルシェ 代表取締役)

農業の危機は「食」の危機である

セッションの開始直後、まずはポケットマルシェ代表取締役の高橋氏から、日本の"食"の危機についての私見が述べられた。

「農家の件数が減少の一途を辿って、生産者の存在が身近で無くなりつつあります。私が大学生のころは、実家が農家の友人が普通にいました。災害などが発生すると、実家の農地や生産物は大丈夫か、不安な気持ちを共有できる存在がいました。しかし、今はどうでしょう。作り手の存在が遠くなると、それを享受する側の食に対するありがたみなど、どんどん薄れているように感じます」(高橋氏)

高橋博之氏。代表を務めるポケットマルシェでは、野菜や果物、魚、肉など、全国の農家および漁師から生鮮食品を直接購入できるアプリを提供している

さらに高橋氏は、このような状況下で「食のコモディティ化」が進んでいると危機感をあらわにする。

「食べ物の価値が落ち、生産者もどんどんと苦しい立場に追い込まれています。スマート農業は生産者側の観点で語られることが多いですが、消費者に食の価値を届けるという観点も必要ではないでしょうか」(高橋氏)

日本の農業の危機については、元農林水産大臣であり現在衆議院議員の齋藤氏からも指摘がなされた。

「これから日本は、年間100万人の人口減少社会に突入すると言われています。人口は、その字が象徴するように"人の口"と書きます。食べる人の口が減るというのは、農業にとって大きな危機です」(齋藤氏)

齋藤 健 氏。衆議院議員で元農林水産大臣も務めた。元通産省(現在の経済産業省)でキャリアをスタートしたにもかかわらず、議員になってから農林部会に入る異色のキャリアを歩んでいる。

スマート農業が求められる背景が、高橋氏や齋藤氏の発言でよりリアルに浮かび上がってくる。ここについては、他パネラー陣も含めて、全員の問題意識がほぼ共通していた。

スマート農業で存在感を増す「テクノロジー」の力

このような現状で、日本の農業に未来はあるのだろうか。これについて、まずはクボタ 代表取締役社長である北尾氏から、同社によるスマート農業ソリューションの展開状況が述べられた。

「スマート農業の1つのテーマが『自動化』や『省人化』です。クボタも田植え機をGPS制御して、技能が乏しい人が運転しても真っ直ぐ走れるようにしたり、コンバインの改良などに積極的に取り組んでいます。従来型の農業はもう続けられないと辞めかけている高齢者や、これから参入したい若い世代に、もっと広めたいと考えています」(北尾氏)

北尾 裕一 氏。株式会社クボタ 代表取締役社長。スマート農業に欠かせないソリューションを世の中に提供し続けている。

多くの人は、農業の経験がないと農家にはなれないと考えている。確かに、親子代々で継がれてきた“秘伝のタレ”的なノウハウは、自然を相手にする圃場では大いに参考になるし、異常気象のような有事の際にはコンパスのような役割を担うことになるだろう。

だが一方で、標準化できる部分もたくさんあるはずだ。これまでは技術が追いついていない部分が多くあったが、ここ数年でAIやIoT、その先にあるM2M(Machine to Machine)技術が発達し、土中環境のセンシングによる維持管理の省力化や自動化が実現しつつある。

つまり、農業がもつ根本的な課題に対してテクノロジーは大いに期待されるわけで、それゆえに「スマート農業」という、あえてパッケージ化された概念でのテックの民主化が、この領域でも加速していると考えられるだろう。

さらに、JA全農 代表理事理事長の山﨑氏は、「スタートアップ」の存在に期待を寄せる。同組織では、2019年7月にオープンイノベーションによる新規事業創出を目的に「AgVenture Lab(アグベンチャーラボ)」​を開設しており、またそこを基点として、独自のアクセラレータープログラムを複数回展開している。今年開催された第3回開催時には、計211社のスタートアップ企業から応募があったという。

「全国から200社以上ものスタートアップから応募があり、私たちも大変驚きました。しかも、プロダクトの完成度が想像以上に高い。現在は10社ほど選定して、共に実証実験を進めています」(山﨑氏)

山﨑 周二 氏。全国農業協同組合連合会(JA全農)代表理事理事長。日本の農家の支援だけにとどまらず、近年はスマート農業の発展にも尽力している。

これに対して齋藤氏は慎重な見解を述べる。

「日本の農業生産技術は、これまで培ってきたものも含め、世界に冠たるものがあります。しかし、これらの技術が実装されるかどうかは、まさに今、胸突八丁(むなつきはっちょう)の状況にあります。特に、実装においては他の産業で海外に負け続けた歴史がある。本当に使える技術は何か、農業関係者の皆さまだけにお任せするのではなく、行政や他の産業の方々の知見も交えてしっかり見極めなければなりません」(齋藤氏)

異能を結集させ「オープンマインド」で問題解決を図る

一方、高橋氏は消費者の意識の変化について語る。

「若い人ほど、フードロスやCO2削減を念頭に置きながら、食も考えているように見えます。生産者の顔が見えると捨てられない。このような意識が広がりつつあるのは嬉しいですね」(高橋氏)

20代前半あたりまでのの、いわゆる「Z世代」は、これまでのあらゆる世代と価値観が異なると言われている。そして、それは消費行動にも顕著に表れている。モノを所有するのではなく、サブスクリプションサービスを活用するなどして極力「持たざる」生活を好むなど、IT技術の普及と相まって、独自の価値観を形成している。

そして、これは「食」分野においても、今後大きな影響を及ぼすだろう。食は、サステナビリティなどの文脈と切っても切り離せない。自分だけでなく、地球環境にも優しい食を志向する流れは、今後さらに加速するだろう。

このような背景も踏まえて、高橋氏は以下のように訴える。

「農業や食の問題を解決するのは、テクノロジーではなくあくまで『人』です。そして、それは当事者である農家だけでなく、それを享受する消費者まで問題意識を共有する必要があります。なぜ、生産効率が悪い棚田で作るのか。そこには経済的な価値だけでは語れない、文化の継承や地域の環境保全などの意味があるのです。こういったことを、しっかり伝える必要があるのではないでしょうか」(高橋氏)

山﨑氏も、地域を巻き込んだ農業のあり方や、消費者へ農産物を届けるフードチェーンの見直しが必要だと指摘する。

「ある地域では、施設から排出された熱をハウス栽培に活用した事例があります。言葉で言うのは簡単ですが、これは農家や施設主、そして行政も連携しなければ実現できません。また農産物も時期によって収穫量に変動があります。近年は気候変動の影響もあり、それがより顕著になっています。これも生産者だけでなく、物流や消費者との接点を持つメディアまで巻き込んで考えていくべきではないでしょうか」(山﨑氏)

スマート農業の第一線で活躍する方々が集ったパネルディスカッションは、あっという間に終わりの時間となった。課題はあれど、スマート農業は農業を確実に変えつつある。スタートアップをはじめ、新規参入者が増えているのはその証だろう。

この変化が農業関係者だけで閉じてしまうのか、それとも消費者をはじめ社会全体をも巻き込む大きな価値転換をもたらすことになるのか。産官学、様々なステークホルダーが複雑に絡まり合う産業であるからこそ、国としても大きな指針を示すべきだと言えるだろう。

最後に、ここまで議論された課題の解決に向けたヒントとして、齋藤氏のコメントで本レポートを締めたいと思う。

「今、農業が直面している課題は、農業関係者だけでは解決できません。テクノロジーに精通したエンジニア、ビジネスの才能を持った他業界の方々、行政、これらのステークホルダーが『オープンマインド』で問題意識を共有して取り組む必要があるのではないでしょうか」(齋藤氏)

取材/文:山田雄一朗

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