本質的なD2C実現には、評価制度を含む抜本的な「組織変革」が必要|FABRIC TOKYO
目次
ここ数年で大きく注目を集める「D2C(Direct to Consumer)」。米国で誕生したビジネス業態ではあるものの、日本での注目度も高まっており、コロナ禍でダメージを受けるリテール(小売)業界がこぞって期待するモデルとして、多くのブランドや企業がD2Cを標榜し始めている。
一方で、顧客との直接取引オンラインサイト、すなわちECサイトを構築するだけという、“形だけD2C”なる取り組みが多いのも事実。顧客にとっての最適解を、必要に応じてフィジカル空間とサイバー空間の両面で仮説検証し、構築、改善を繰り返す。そんな絶え間ない営みこそがD2C、ひいては小売のDXに欠かせない要素だと強く感じる。
今回は、そんな小売変革の旗手として、サプライチェーン全体におけるリアルとデジタルの融合、そしてその先にあるDXへの布石をうまく構築する株式会社FABRIC TOKYOについて、代表の森雄一郎氏にお話を伺った。
株式会社FABRIC TOKYOとは
「Fit Your Life.」をブランドコンセプトに、体型だけでなく、顧客一人ひとりの価値観やライフスタイルにフィットする、オーダーメイドのビジネスウェアを提供するブランドを展開。一度来店し、店舗で採寸した体型データがクラウドに保存されることで、以降はオンラインからオーダーメイドの1着を気軽に注文することができる。リアル店舗も自社で展開し、関東・関西・名古屋・福岡の合計14店舗を運営中。2020年10月からは、大手小売・メーカー企業を中心に、新規ブランドの立ち上げや売り場の新たな体験価値創出などを中心に支援を行うパートナー型コンサルティングサービス「RETAIL X」の提供も開始している。
インタビュイー
森 雄一郎[Yuichiro Mori]
株式会社FABRIC TOKYO
代表取締役CEO
1986年生まれ岡山県出身。
大学卒業後、ファッションイベントプロデュース会社「ドラムカン」にてファッションショー、イベント企画・プロデュースに従事。
その後、ベンチャー業界へ転向し、不動産ベンチャー「ソーシャルアパートメント」創業期に参画した他、フリマアプリ「メルカリ」の立ち上げを経て、2014年2月、カスタムオーダーのビジネスウェアブランド「FABRIC TOKYO(旧・LaFabric)」をリリース。
「Fit Your Life.」をコンセプトに、顧客一人ひとりの体型に合う1着だけではなく、一人ひとりのライフスタイルに合う1着の提供に挑戦中。
経営層と現場、双方でのDX人材が圧倒的に足りない
--まずは、FABRIC TOKYOの特徴について、教えてください。
ビジネスのオーダーメイドブランドを展開していまして、リリースから約7年が経っている会社です。
一般的にはD2C型ブランドと呼ばれていますが、我々がやりたいのは、リアルとデジタルを駆使した顧客体験として、一人ひとりにパーソナライズされたオリジナルの商品を届ける、ということです。お客様ごとのサイズや趣味嗜好といったデータを持っているのが特徴的で、かつ強みだと思っています。
--デジタルだけでなく、リアルも重要だと。
デジタルだけだと、例えばサイズデータを取りにくいですし、好みや着こなしといったライフスタイル部分の情報も受け取りにくいですよね。またお客様としても、個人に関する情報を預けにくいと感じると思います。
だからこそ我々は、リアルな接点をもって、信頼のもとで接することで、大事なデータをお預かりするということを大事にしてビジネスを展開しているわけです。
だからこそ有り難いことに、顧客エンゲージメントは高くなっていますし、リピーターのお客様の伸びが著しい状況だと言えます。
コロナ禍においても売上高は順調に伸びており、年間リピート率も44.5%を記録している。業界水準は30%程度のため、平均の1.5倍まで成長している計算になる(画像出典:FABRIC TOKYO会社紹介資料)
--デジタルとリアルを有機的に活かす。これは、文字面だけだと色々な企業や専門家が言ってはいることですが、御社のようにしっかりと構築・運用されているケースは圧倒的に少ないと感じています。その要因は何だとお考えでしょうか?
一番は人材不足ですね。経営層のDX人材と、現場のDX人材の両方です。
例えば現場で考えてみると、自分の場合、アパレルとITの両業界に属していましたが、アパレルの人はITに抵抗のある人が多い印象で、一方でITの人はリアルな現場をよくわかっていないことが多く、ある種面倒だなと思ってしまう傾向があると思っています。つまり、本来的には歩み寄りにくい業界なんです。
でも、今の時代はこれらの両要素を掛け合わせることで、新たなるイノベーションが生まれる時代に突入してきていると。だからこそ、それに合った人材が必要になっていることになります。
Retail Xで小売業界全体を押し上げて元気にしたい
--デジタルとリアルの融合について、もう少し詳しく教えてください。
例えばこれまでのネットのイノベーションって、ある側面においてのIT化が進んできたわけです。わかりやすいのがメディアやECでして、情報を得るという手段がデジタル化したのがメディアで、購入するという手段がデジタル化したのがECという具合です。
でも今は、これが一巡して、インターネット革命を「自分ごと化」するというのが全ての業界で起こっています。つまり、あらゆる面での多面的なデジタル化が必要になってきたのです。一側面のデジタル化だけだと、イノベーションを起こせる余地が厳しくなってきている。それが今の傾向かなと思います。

--御社は、2020年10月よりパートナー型コンサルティングサービス「Retail X」を通じて小売・メーカーさんのDX支援をされていますよね。なぜ、この事業を立ち上げられたのでしょうか?
うちの会社もそんなに偉そうに言うほどできているわけではないですが、それでもゼロからイチでサプライチェーンが長いという特徴的なビジネスモデルを作っているので、ノウハウが非常に溜まっています。
一方で、国内の小売に目を向けてみると、コロナ禍もあって業界全体として厳しく、DXも世界から見ると遅れているという状況です。だからこそ、我々だけが伸びていくというのではなく、小売業界全体を押し上げていって、元気にせねばらないという思いでやっています。
--これまでの成功体験やそれに伴う商習慣を乗り越えるのって、すごく大変なのかなと思うのですが、Retail Xではそのような「マインドチェンジ」の部分はどうなのでしょうか?
現在ご一緒しているパートナー企業の皆様は、基本的にDXに前向きな企業が多いです。なので我々としての、同じ方向を向いて、お互いの強みを掛け合わせて進めることができています。
一方で根深いのは、そこに踏み出せていないとか、気づけていないという企業もすごく多いということ。だからこそ、xDXのようなメディアが出てくることで、底上げにもつながると思うし、いい流れなのかなと感じています。
基本的には、経営陣の考えが変わるしかない
--先ほどの話ではないですが、極端な話、「ECサイト作ればいいじゃん」という話で捉えてしまうケースも多いのかなと思うのですが、その辺りの誤解に対する「理解」って、御社はどう醸成されているんでしょう?
これはすごく言いにくいことですが、基本的には経営陣の考えが変わるしかないかなと思っています。
一方で、多くの企業のDX部門って、若手エースが投入されていて、大手の場合は特に、結構な予算をそこに投じていることも多いです。幸い、私たちの場合はそういう“本気の企業”がカウンターパートとしてご一緒させていただいているので、その辺がありがたいなと感じています。
--DXを考える上で、組織構成もすごく大事なポイントだと感じます。このあたり、御社はどうされているのでしょうか?
うちの場合はほとんどが中途採用の会社でして、最初からアパレル出身者とIT業界出身者で大体半々になるように採用計画などを行なっていたので、両側面をバランスよく進めることができるように組織を作っていきました。もちろん、ベンチャーということで、最初からこの考えのもとで組織を作れたということも大きかったですね。
--すでに組織構造が出来上がっている企業、特に大企業は大変そうですね。
そのとおりで、問題は既存の組織がある企業なんです。僕はそれに対して答えをもっていないですが、新しい組織を作り、新しい役員をアサインし、外部パートナー含めて一緒に作っていく、というのが良いのでないかなと思っています。
早々に「自前主義」からの脱却が必要
--人材不足以外のポイントとしては、他に何が考えられるでしょうか?
本質的な課題は、経営層がDXに最適化されていないことだと思いますが、それに付随しているのが、スタートアップとのオープンイノベーションやM&Aです。このあたりは、日本がかなり遅れているなと感じます。

--影響力の大きな企業が、うまく新興企業を活用できていないと。
大前提として、日本の歴史はメーカーやものづくりだと思いますが、基本的には長らく「自前主義」だったんですよね。
海外だと。餅は餅屋として買ってくるということを頻繁にやっていまして、例えばウォルマートがスタートアップを買ったり、ユニリーバがD2Cサブスクブランドを積極的に買ったりしています。
ひるがえって日本に目を向けると、自分たちで全部やろうとして、ほとんどうまくいっていないじゃないですか。スタートアップって、一定の規模感でプロダクトマーケットフィットしているので、その会社をグループ会社にしてその経営手法を内包したり、そこの社長をデジタル担当役員にしたりとか、そういうことがもっと必要なのかなと。
今言ったことはまさにウォルマートの手法なんですけど、結果的に、ここ5年の同社の躍進はすごいですよね。Amazon一強かと言われた小売の中での、大躍進になったわけです。
--大企業には、どんどんとスタートアップを買収してほしい、ということですね。
買収もそうですし、出資もしてほしいしです。あと、買収企業の社長や役員を、どんどん本体の役員にも抜擢してほしいと思います。
また新規事業についても、ジョイントベンチャーを作るとか、子会社を作るとか、オープンイノベーションで組むとか、いろんなやり方を通じて新たな手法にチャレンジしていっていただければと思います。
人事評価制度を変えないことには、既存業態のDXは難しい
--日本が不足しているということを、具体的にどういうシーンで感じますか?
DX事業、もしくはDXを前提とする事業に手を出すものの、早々に撤退する大手企業がとても多いことですね。
そもそもDXって、先行投資がこれまで以上に大きいじゃないですか。大手がもつ基準のPLや事業計画に耐えられない感じになっちゃうので、そもそもの経営の手法を一新しないと、大手から良いDXのビジネスモデルは出てこないなと感じます。
--小売で考えた場合、すでに店舗を持っている企業は特に大変そうです。その点はどうしたら良いのか、お考えを教えてください。
偉そうに語れる立場にないのですが、一つ言えるのは、社内でDXに特化した事業を立ち上げるのって、人事評価制度を変えないことには、社員のモチベーションが伴わないということです。既存の店舗をD2C化やOMO化しましょう、というのはそのままでは成り立たないんですよね。
--それはなぜでしょうか?
基本的に店舗スタッフって、その期の売り上げを負っている人たちなので、売らない店舗とかできないんですよ。成績の紐付けも難しいですし。
結局マーケティングモデルなので、マーケティングがお客様を連れてきたのか、現場の販売がお客様を獲得したのかって、お客様に紐つけにくいんです。また、リピートした場合も、その店舗のスタッフが素晴らしい接客をしたのか、それともカスタマーサポートが素晴らしかったのか、もしくはWeサイトのユーザビリティが素晴らしかったのか。そのあたりの判断が難しいんですよね。
OKRを導入し、部門間異動を積極化して、現場理解を効率化
--今までのように、いい販売をしたら売れて、それが成績に反映される、という単純なものではないということですね。
今は一事業ごとのサプライチェーンがものすごく長くなっていて、それぞれがDX化している状況です。なので、これまでの人事評価が当てはまらなくなってきた中で新規事業を始めても、うまくいかないんですよね。
僕らも大手企業と打ち合わせをすると、いろんな人がいろんなKPIを負っているので、話がすごく複雑で一方向を向かないという状況によく直面します。この辺りは、結構なあるあるだと思います。
--ちなみにFABRIC TOKYOの場合、先ほど課題として挙げられた「評価」はどうされているのですか?
我々の場合は、2016年から「OKR(※)」という指標を使っています。以前は他企業と同様に、かなり短期的な数値目標や売上高を掲げていたこともあったのですが、メンバーの解釈不全や組織としての統一感がなくなって、やめました。
今は売上や利益ではなく、お客様の満足度を指標にしていて、それとビジョンから落とし込んだ目標設定をするようにしていますね。
※OKR:Objective and Key Resultsの略称で、会社が規定する目標と従業員の目標を紐付ける目標管理方法のこと。Googleをはじめとするシリコンバレー各社を中心に導入が進んでいる
部署 | Objectives | Key Results |
プロダクト部 | 「UXを向上させるプロダクト開発をすることで、ユニットエコノミクスを飛躍的に向上する」 | 顧客ARPUのUP:+xxxx円 |
顧客満足度:+xxポイントUP | ||
「SCMの重大ボトルネックを一掃するためのシステム開発&ローンチ」 |
下記での完了後100% ・詳細設計と受入条件の整備完了:x/xx (x) ・開発完了:y/yy (y) ・受入完了:xxx本/3ヶ月 |
部署 | Objectives | Key Results |
マーケティンググループ | 「成長率業界No.1を達成するぞ!」 | 新商材のリリース及びリード獲得:xxxx件 |
x月認知率:xx% (関東) / xx% (関西) | ||
「LTVとCPAの健全化を行うアセットづくり」 | リード/ナーチャリング施設の全体設計完了 x月末 | |
コンテンツ制作数:xxx本/3ヶ月 |
FABRIC TOKYOの過去のOKR事例(表:FABRIC TOKYO会社紹介資料を参考にxDXで再作成)
組織運営のポイントとしては、部門間異動を意識的に多くするようにしています。カスタマーサポートをプロマネにしたり、店舗店員をサプライチェーン担当にしたり。ビジネスとしてのサブライチェーンが長いからこそ、関連部門を知るのには現場に入るのが一番良いという判断でそのようにしています。
取材/文:長岡武司
撮影:編集部
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