業界への深い理解なしには、DXはうまく進まない|パンフォーユー

業界への深い理解なしには、DXはうまく進まない|パンフォーユー

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「新しいパン経済圏をつくること」を事業ミッションに掲げる株式会社パンフォーユーでは、個人・法人向けのサブスク事業をはじめ、パン屋向けのSaaSプロダクトやOEMプラットフォームなど、パンの流通・販売にまつわる様々なステークホルダーに対応したサービスを展開し、まさに業界全体のDXを推進している。

だが、その構築にあたっては、避けては通れない業界特有の細かいルールや仕組みが大きな壁になっていたという。同社はどのようにして困難を突破し、どのような技術をもってして、新たな経済圏創出に向けた動きを加速させたのか。今回も引き続き、同社代表の矢野健太氏にお話を伺った。

※この記事には前編があります。
▶︎前編はこちら

株式会社パンフォーユーとは

https://panforyou.jp/
「地域パン屋のプラットフォームとして、地域経済に貢献し、新しいパン経済圏をつくる」ことを事業ミッションとして、個人向け冷凍パンのサブスクサービス「パンスク」や法人向け冷凍パンの福利厚生サービス「パンフォーユー オフィス」の企画・運営のほか、パン屋向けSaaSプロダクトとなる「パンフォーユー モット」や、パンを小ロットから発注できるOEMプラットフォーム「パンフォーユーBiz」、冷凍庫さえあればパン屋を開業できる「ゴーストベーカリー」などを展開している。

インタビュイー

矢野 健太[Kenta Yano]
株式会社パンフォーユー
代表取締役

1989年生まれ。群馬県太田市出身。京都大学経済学部卒業後、新卒で電通入社。その後、教育系ベンチャーを経て、地域系NPOへ。パンフォーユーの企業ビジョン「魅力ある仕事を地方に」を掲げ、2017年1月に株式会社パンフォーユーを設立し、代表取締役に就任。2018年5月にMBOを実施し、冷凍とITを活用して地域のパン屋さんと消費者をつなぐ現在のプラットフォーム事業モデルへ。好きなパンはバゲット。

ギリギリまでIT投資をしないと決めていた

--最初のサービスリリースから2年間は業界のIT化に着手されていなかったということですが、それはなぜなのでしょうか?

パン屋さんの業務が非常に煩雑で、ITシステムへと落とし込む難易度がとても高かったことがあります。

また、2019年3月にTVの取材を受けたことをきっかけにパン屋さんだけでなく、様々な業種の企業さんから多くの問い合わせを頂き、そこで、冷凍パンには僕が予想している以上の販路があることを知ったわけです。しかし、すぐに販路を広げることはしませんでした。なぜなら、販路ごとに出荷ルールが違ったり、そもそもの物流の構築も違う。つまり、ステークホルダーのルールがそれぞれ違うので、理解してシステム着手しないと、中長期的に大きなまき戻りが発生してしまうなと思ったのです。

それこそ、投資家も含めて「早くIT化した方が良い」とは言われていましたが、リサーチと整理が終わるギリギリまで、IT投資をしないと決めていました。

--それが、パン屋さん向けSaaSプロダクト「パンフォーユー モット」リリースのタイミングでは、だいぶ整理されたということですね。

はい、どのチャネルでどんなオペレーションがあって、どのチャネルではこんな機能が必要、といった整理ができていきました。そこを踏まえて、まずは配送伝票の処理が特に煩雑な個人向けの「パンスク」に対応した機能を、パンフォーユー モットで提供することになりました。

--なるほど。全容が分かるまではDXに着手しないと。システム化って、要するに標準化だと言えると思うのですが、何をもって“標準だ”って決めていかれたのでしょうか?

とにかく、まずは問い合わせベースで、ここには納品できるなというところに一通り納品していきました。個人や企業はもちろん、販売店であれば百貨店などもです。納品をすることで、それぞれのチャネルのルールが見えていきます。そこから、チャネルごとのルールの整理を行なって標準化を進めていきましたね。

様々なチャネルに対応できる「拡張性」こそが大事

--パン屋のDXを進めるパンフォーユー モットの開発で、最も気をつけているポイントはどこでしょうか?

一番は拡張性ですね。

例えば、個人向けのサービス開発をやりたいと言って入ってきた現在パンスクの開発責任者をやっている者は、個人向け展開の機能の開発をメインで考えていたわけです。しかし、今後は百貨店や飲食店などのあらゆるチャネルへの展開を想定しているからこそ、パンスク向けだけの開発設計をしないで欲しいと伝えました。

今後の拡張についての認識を先にすり合わせた上で、開発に着手するようにしたのです。

--個人と法人でオペレーションが違うというのは、なんとなくイメージはできるものの、具体的にはどんな違いがあるのでしょうか?

例えばお客様への納品の仕方が全く違いますね。個人向けであれば、いかに自宅へと届けるかという観点で配送を考えれば良いので、運送会社とシステム連携することで解決できます。

一方で、百貨店など法人への納品の場合は、複数のパン屋さんのパンをまとめて発送したりするため一度弊社の冷凍庫を経由するのですが、FAXを使用したりメールを使用したり運送会社さんによって連絡のルールが違います。法人ごとのみならず、同じ法人内であっても、例えば一時倉庫まではFAXだけど、その先はメールや電話といった感じで、物流の指示方法がバラバラです。共通のシステムがないので、指示系統がそれぞれ違うわけです。

--パンフォーユー モットでは、それら一つひとつに対応した仕様になっていると。

厳密には、そこの拡張を見越した上で、今は一番ベースになる個人向けから開発・提供していますね。同じ商品が違う形で納品されるというのが、パン業界のDXを進める上で、最も難しいポイントだと感じています。

パン屋さんから出荷される商品自体も、例えばメロンパンもあれば、そのメロンパンにチョコを入れたもの、表面にキャラメルを加えたものなど、商品展開のバリエーションも豊富なわけです。さらに賞味期限もあるので、既存の食品の流通とは全く違うことをやろうとしていることがわかりました。

--と言いますと?

既存の流通の基本としては、食品メーカーからスーパーへといった形で、大量生産からの大量販売といったことを前提にしていると言えます。つまり、生鮮食品以外のパンのような商品って、個人店のような小規模生産者のものは並んでいないんですよね。そこが大きな違いだと言えます。

極端な話、例えばラベル一つを考えても、大量生産・大量販売であれば一度ベースを作れば良いのですが、個人店の場合は年に3〜4回は商品を変えることは頻繁に発生するので、その都度でラベルを作り直す必要があるわけです。

--なるほど。前提が違いますね。

前提の違いとしては他にも、例えば瓶のように、保存が効いて単価も高く流通に耐えうる商品と違って、添加物の入っていない個人店のパンは、冷凍させないと基本的に翌日が賞味期限です。

なので、流通そのもののハードルも高いからこそ、冷凍はマストの技術になります。

「パンの袋」に隠された冷凍技術の要

--御社が独自に開発されている冷凍技術ですが、具体的にはどのようなものになるのでしょうか?オリジナルの冷蔵庫などを製造しているのでしょうか?

いえ、そういったハード製品ではなく、パンの袋がポイントになります。

--どういうことですか?

このパンの袋が、独自冷凍技術の要だということです。

--あ、そういうことなんですか!いったい何が違うのでしょうか?

基本的に、通常パンでは使わないくらい機密性・品質性の高い袋を使っています。触っただけではわからないと思いますが。

よければ、今実際に開けてもらって香りとか確かめていただいても良いですか?

--(開封して)あぁ、なるほどー!なんだか、パン屋さんにいるときと同じ香りですね。

そうなんです。これが、通常の袋との決定的な違いの一つです。他にも、食べた時の舌触りですとか、味についても全然違うことがわかるはずです。

厳密には、この袋を使った冷凍タイミングを含めたオペレーションが、弊社独自のものとなります。現在、国際特許出現中です。

左グラフ)一般社団法人日本食品分析センターの検査による、パンフォーユーの冷凍方法で30日間冷凍保存したパンと焼成1日後の常温パンの糊化(α化)度・水分量の比較。パンフォーユーの冷凍パンの品質が高いことが実証されている
右グラフ)パンフォーユーの独自の冷凍技術を使用した冷凍パンの食感に関する調査

--これは面白いですね!ひとつ疑問なのですが、これは、世の中の冷凍技術が発達したから成立しているのか、それとは関係のないところでの新発見によるものなのか、どちらでしょうか?

冷凍方法に関しては、冷凍技術の発達の恩恵を、このタイミングで受けたというのが実際のところだと考えています。冷凍テクノロジーが進んでいったが、それがパンの分野に応用されていなかったので、弊社がパンに適用したということです。

これまでパンって、買ってすぐに食べてねという感じだったので、袋に対してコストをかけていないことが圧倒的に多かったと思います。それが、コストをかけてでもおいしい物を食べたいというニーズが高まってきたことを受けて、品質の高い袋を使ううちのようなプレイヤーが出てきたというのが、大きな転換点だと感じます。

この袋さえあれば、パン屋さんがもともと持っていた冷凍庫を使ってオペレーションをしていただけるので、追加のコストは不要になります。

あえて、個人店を中心に提携を進めている

--2020年からのコロナ禍は、貴社にとってはどのような影響がありましたか?

基本的にはプラスですね。

もちろん、オフィス向けの売り上げは落ちたのですが、一方で個人向けのパンスクは、巣ごもり需要の影響があったので、事業全体で申し上げると、かなりの勢いで伸びたことになります。

またパンフォーユーオフィスについても、ここ最近では空間そのものの用途が変わってきただけで、人が集まるという機能は引き続きあるわけなので、新規のお客様も増えている状況です。

巣ごもり需要が高まったことに伴い、1日あたりの平均新規登録者数が、2020年12月と比べて2021年1月は約5倍に増加した

--なるほど。パンスクって、ユーザー層はどんな形になるのでしょうか?

ボリュームゾーンは40代以上の女性になります。自宅でもおいしいパンを食べたいだったり、未知なるパンとの遭遇に対して喜びを感じてくださる方々に、ご愛用いただいています。

パンスクの仕組みとして、登録直後に「このパン屋のパンが食べたい」と指定することはできないのですが、その代わりに、一度届けられて食べられたパン屋のパンについては、リピートで買えるようにしています。それによって、特定のパン屋のファンを創出することにもつながります。

--それは素敵な仕組みですね。

一般的な話になりますが、インターネットがもたらしたものって、基本的には一極集中だと考えています。宣伝広告費を大量投入できる大きなところが一人勝ちするという世界なので、名前として有名なところに、どうしても認知も集まっていくことになります。

でもそれでは不健全だと。お客様がまだ見えていない世界をご提案するという意味合いにおいても、パンスクではあえて、個人店を中心に提携を進めています。

コミュニケーションの橋渡しが、実は一番のDXポイントだ

--今後の御社の目標について、教えていただけますか?

今まで色んな形でサービスをローンチして、パンを作る人、売る人、食べる人という3方面を固めていったのですが、今後はより「パンを作る人」のオペレーションや日々の業務にフォーカスして、DXをサポートしていこうと考えています。もっとパン屋さんの日々の業務にグッと向きあっていくということですね。

--作る工程など、ということでしょうか?

今の現状だと、パンフォーユー モットって、「もっと店外で販売したい」をコンセプトにしているのですが、パン屋さんの「もっと」は、他にも店頭販売の売上を増やすとか生産の効率をあげたいとか、色々あるじゃないですか。そういう、外販以外のパン屋さんの「もっと」も、加速するようにしたいです。

今年の秋冬あたりに、色々とニュースとして展開できると思います。

--楽しみですね!DXという観点ではいかがでしょうか?

そもそもですが、パンスクのDXとして一番大きいのは、実はパン屋さんとユーザーがコミュニケーションできるようになった点だと捉えています。

パンスクで届いたユーザーからのメッセージを見て、パン屋さんはモチベーションアップにつながるし、商品の改善ポイントにつながる可能性もあります。場合によっては新商品開発のきっかけになるかもしれません。

今後はこの「コミュニケーション」の文脈で、そこに生産者や原料関連会社、物流、なんなら人材企業も含めて入ってもらえるように、現在進めているところです。

--まさに、パンにまつわるあらゆるステークホルダーを巻き込んでいく、ということですね。それでは最後に一言、読者の皆様にお願いします。

パン業界のDXについてお話ししましたが、人がやったほうが効率的な部分は、あくまで人がやったほうが良いと思っています。その上で僕たちがやったように、何かシステムでまき取るときは、オペレーションから販売方法までの業界に対する深い理解がないと、ユーザーに最適化されない形での提供になってしまい、なかなかうまく進まないことになるでしょう。

そこは避けた方が良いので、理解度・解像度をどれだけ深くできるかが、DX推進にあたってはすごく大事だと思います。

編集後記

実際にパンスクで提供されている冷凍パンをサンプルでご提供いただいたのですが、これがまた美味しいんです。袋の端を切り、電子レンジで約30秒温めると、まるで焼きたてのパンのような香りと味わいを自宅で楽しむことができます。

ちなみにインタビューでもお話のあった「袋」は、見た目は普通なのですが、触ってみると、一般的なパンの袋よりも圧倒的に“密閉具合”が違うことが分かります。

この袋を活かした新たな「食体験」の裏には、既存のパン業界の仕組みを前提に構築された独自のサプライチェーンあり。様々なステークホルダーが多様なオペレーションで入り込んでいる業界だからこそ、そこに対する深い理解が、構造的なDXの大前提になることがよくわかるお話でした。

取材/文:長岡武司
撮影:編集部

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