【石山アンジュ】新たな時代の国家OSになる「公」をつくる
目次
DXが実現する社会環境をいかに構築するか。アフターコロナを見据えて、新たなチャレンジを試みる人々に向けて、一般社団法人Public Meets Innovation(以下、PMI)の代表理事・石山アンジュ氏のインタビューを通じて「ルールメイク」の重要性をお伝えしてきた。
※この記事には第1話、第2話があります。
▶︎第1話はこちら
▶︎第2話はこちら
民主主義が根底にある法治国家・日本では、全ての物事が最終的に「法」によって決まる。これは、DXに求められるビジネスも同様だ。だからこそ、DXの担い手たちの声を法に反映できるかどうかが、社会変革の実現する上で大きな鍵となり、ルールメイクの実務に携わる弁護士や現役官僚などの「パブリック人材」の重要性も、今後さらに高まっていくだろう。
一方で、社会変革の実現には、単に法律を作ればいいわけではない。
法律を作るのは、AIやロボットではなく「人」だ。ベースとなる価値観や常識、それに影響を与えるであろう未来に対するパースペクティブな視点などが相まって、人は行動を起こす。選挙はその1つの典型であり、国の行く末を左右する法のあり方などに大きな影響を与える。
政策決定者の意思によるトップダウン型だけでなく、国民一人ひとりの意思も反映されるボトムアップ型のアプローチにおいても、国のあり方が変容しうるのが民主主義国家の大枠であると言えるだろう。
これらの内容を踏まえて、社会変革に欠かせない条件として、人々が持つ考え方に影響を与え行動変容を促す「ビジョン」の存在が挙げられる。
インタビュー最終回となる第3話では、PMIが活動の新たな柱をとして位置づける「ビジョンメイキング」についてお伝えする。PMIでは、ビジョンを創造する鍵に「公」の概念が欠かせないと考えている。
なぜ社会づくりに「公」が必要なのか。その理由は、企業がDXを進める上でも、参考になるだろう。
日本に「新しい公」の概念が必要な理由
ーーPMIが考える「公」とは何でしょうか?
PMIのミッションを2021年4月に刷新しました。それが、国家OSになりうる思想や理念、倫理観などを構築する「新しい公をつくる」というミッションです。
PMIが考える新しい公= “NewPublic” とは、さまざまな前提が崩れつつある時代の中でこの国の未来を立場を超えてフラットに議論し、意思決定できる構造を意味します。
誰もが「公」のアイデアを提案し、関われる多様な手段があること。そして、社会規範・倫理・文化も「公」の大事な要素であり、それらを踏まえて対話がなされることが新しい公のあり方だと考えています。
テクノロジーに対する向き合い方も、国家の根底にある倫理観や文化が強く影響します。
今、AIなどのIT技術や人工授精などの生命科学領域の進歩が著しいです。実際、その1つひとつの技術には、素晴らしい価値があると思います。
一方で、この技術をどう活かすかは、私たちの考え方次第です。
例えば、AIの普及は人間がより人間らしい創造的な活動に注力できる社会づくりに貢献する可能性があります。一方で、人々の行動を常に監視し、自由を奪うことに使われる可能性もあるでしょう。
DXにも通じる話ですが、テクノロジーを社会の中でどう位置付けて利用促進を図るか。これはルールメイキングの「手法」だけでなく、その根底にある「価値観」が反映されます。
もう1つ、前回もお伝えしたとおり、日々誕生する新しいテクノロジーの普及に法整備が追いつかないケースが出てきています。そのため、対処療法的なルールメイクが多くなっている状況です。
テクノロジーの正しい利用を促し、社会の発展に貢献しうるか十分な議論がなされないまま、ルールが公布されてしまう可能性もあります。
しかし、これで社会にイノベーションの恩恵がもたらされるのでしょうか。
だからこそ、訪れるであろう未来を見定めて、そこから逆算してあるべきルールを作るバックキャスティング型のルールメイクが必要だと思います。そして、その未来をできる限り正確に捉えるためには、テクノロジーに対する理解だけでなく、先ほどからお伝えしている「公」の概念が欠かせないと信じています。
前提が崩れつつある時代に「新たな公」を創る
ーー「公」の概念をつくり、イノベーションによって社会を発展させるには、政治家の方々の理解も欠かせないと思います。
はい。テクノロジーの活用については、比較的若い世代の国会議員が関心を持ち、進めようとしています。またデジタル庁が創設されたことはとても大きいですね。
しかし、実際にITに知識があり積極的に推進している国会議員は、個人的な感覚としては10%もいないと思います。
またスタートアップを中心とした業界団体もまだまだ少なく、政治家に対して直接的にコミュニケーションをしていく人たちが多くないことも、政治家がイノベーションの促進に対して目を向けられていない背景のひとつにあると思います。
しかし、この状況も少しずつ変わっていくと考えています。
これからの日本は今までの高度経済成長期の成功モデルの延長線上で日本の発展が望めないでしょう。前例にとらわれない多様な意見やアイデアを取り入れ、新しい産業を育てていかなければなりません。
そういった意識が、いわゆる永田町の中でもスタートアップをはじめイノベーションに関心をもつきっかけになっているように思います。
ーー政治家以外に、期待する方々はいますか?
アカデミックの若手世代の方々ともっと連携していきたいと考えています。
PMIのBIG PICTURE BOARDも務めてくださっている落合陽一さんのような産官学すべてにまたをかけるような存在もいますが、そのような方は少ないと思います。
PMIは弁護士・官僚コミュニティをもっていますが、今後はアカデミアの方々を巻き込んで、政策議論の場をつくっていきたいと考えています。
ーーここまで3回に渡って話をお聞きしましたが、かなり遠大な構想だと感じています。
確かにそうかもしれません。
しかし、これからはセクターの境界線を溶かし、肩書きや立場を超えて協働しながら現代社会の現実や本質を見抜き、社会思想を構想するビジョンメイキングと、新たなアイデアを社会実装するルールメイカーを創出し、この国の未来の景色を変えていくシンクタンクコミュティが必要だと確信しています。
PMIの存在によって前提が崩れつつあるこの国の未来よくしていけることを信じて、これからも活動を続けます。
編集後記
1945年、「衆議院議員選挙法」が改正された。その内容は、満20歳以上のすべての国民に選挙権が付与されるというものだ。
日本における民主主義の起点には諸説あることは踏まえつつ、制度上は「衆議院議員選挙法」の改正がそれに当たると考えることもできる。なぜなら、この法改正により、選挙権が一部の階級や男性だけに付与されるものではなくなったからだ。
さらに1950年には現在の選挙制度の根幹になる「公職選挙法」が公布。それから70年あまりの時を経て、現在に至ることとなる。
この年月の経過をどう捉えるかについて、さまざまな意見があるだろう。しかし、あくまで個人的な意見であるものの、ほとんどの成人が参画して社会を築く民主主義を成熟させるには、「国家百年の計」という言葉が表すように十分な時間があったとは言えないのではないか。
法律は「決められる」のではなく「つくる」という意識が、ようやく芽生えようとしているように感じる。PMIのような団体が産声をあげたのも、その1つではないだろうか。
ルールメイキングやビジョンメイキング、DXとは関係がないように見えるテーマかもしれない。
しかし、冒頭でもお伝えしたとおり、これらは不可分な関係にある。画期的なイノベーティブなサービスも、法に則っていなければローンチはできない。さらに、そこで使われている技術が社会に受け入れられる土壌がなければ、それを作るための啓蒙活動も必要である。
そう考えると、ルールメイキングやビジョンメイキングは、DXの担い手がまずは考えるべきテーマなのかもしれない。
今回、3回にわたってお届けした内容を通じて、ルールメイキングやビジョンメイキングに対する問題意識が少しでも醸成されたら、編集担当としてこれに勝る喜びはない。
一方で、ルールメイキングやビジョンメイキングを語る上で、編集担当の私の勉強不足が露呈していることは否めない。内容面で至らないことがあれば、その責任は全て私にある。その点もご理解いただきたい。
編集:長岡 武司
取材・文:山田 雄一朗
撮影:遠藤素子