楽天流 DXの進め方 前編「部門の壁を乗り越え、DXを推進する方法」
目次
今、あらゆる企業で「社内DXの進め方」が問われている。
トップが直接指揮をとって進める、専門チームを組成して推進するなど、さまざまな取り組み方がある中で、標準的な最適解はまだ見つかっていないのが現状だろう。
ただ一つ言えるのは、どう取り組むか以上に、そもそも「なぜDXが必要なのか?」という原点を忘れてはならないということだ。この「WHY」の視点をDX推進メンバー同士がしっかりと共有することで、組織文化の変容も含め、前途多難なDX達成に向けたレジリエンスが醸成され、目まぐるしい変化へと柔軟に対応できるようになると言えるだろう。
ECビジネスのDXを実現し、現在も成長を続けるインターネット・ショッピングモール「楽天市場」を展開する楽天グループ株式会社(以下、楽天)では、出店店舗をサポートする全国のECコンサルタント(以下、ECC)が、これまで以上に「マーケティングデータ」に基づいた提案を可能にし、新たな成功事例を生み出し続けている。
さらに、ECCの中でも「データドリブン」な文化が醸成され、チームそのものが変容しつつあると言う。
なぜこのようなことが実現できたのか。ECコンサルタント、営業企画、そしてシステム開発の各担当者を交えて話しを聞いた。今回は、その内容を前後編でお届けする。
まず前編では、巨大な組織であるにもかかわらず、部署の壁を超えて取り組みを推進できた背景について紐解いていく。
「楽天市場」のプロフィール

インタビューイー
浅井 祥人
コマースカンパニービジネスサポート開発部
ECビジネスデータアナリティクス&プラットフォーム課
ビジネスデータソリューショングループ
プロデューサー
栄 陽平
コマースカンパニー
ECコンサルティング部 マネージャー
齋藤 あゆみ
コマースカンパニー
ECコンサルティング部 セールスプランニング課
営業企画グループ
生産性向上と、よりデータドリブンな提案の実現へ
そもそも、なぜ国内最大手のEC事業を展開する楽天がこのようなデータドリブンな取り組みをするに至ったか、その背景には大きく2つの事情がある。
1つ目は「生産性向上」だ。これまで、ECCはExcelなどを用いて、マーケティングデータなどの集計・分析を手掛けてきた。また、そのためのツールも自社内で開発を進めてきた。
しかし、膨大なデータをExcelで管理・活用することは、時にこれが生産性向上のボトルネックとなる。システム担当の浅井氏は当時をこう振り返る。
「データをコピーして、Excelにペーストする。これだけでも、生産性向上の観点から改善の余地がありました。またECC自身の働きやすさを実現するためにも、この課題を解決したいと考えていました」(浅井氏)
また社会の「データの利活用」に対する意識も年々高まっている。それは、「楽天市場」の出店店舗も同様だ。これが、もう1つの要因となった。
ECCとして出店店舗と直に接する栄氏も、それを感じていた。
「マーケティングデータの利活用に対して、店舗様からの要望に応えるために、何とかしなければならない。現場のコンサルタントとして、ここに強く問題意識がありました」(栄氏)
「楽天市場」の成長には「店舗様の成長を日々サポートするECCの底力が大切」(浅井氏)という。日本全国のECCの力をさらに高めるためにはなにができるのか。それが、ECC業務のDXの発端にあった。
部署で異なる文化や慣習をどう乗り越えるか
浅井氏は、当時をこう振り返る。
「このプロジェクトは、楽天のマーケティングデータ利活用を推進する北川のチーム、ECCの活動を支援する営業企画チーム、そして私が所属するシステム開発の大きく3つのチームが共同で進めました。しかし、楽天に所属するという意味では同僚ですが、実際は初めて顔を合わせて業務を進めるメンバーばかり。そのため、チームビルディングから始めました」(浅井氏)
多様性のある社員が所属する企業であるからこそ、価値観や文化も違う。同じプロジェクトの元、お互いの価値を共有し合うことが、DXを進める上で、成功の鍵となる。
この壁をどう乗り越えればいいのか。その答えは、原点に立ち返ることにあったようだ。
「お互いに考え方などの違いはあったかもしれませんが、『ECCの力をさらに高め、店舗様に価値を還元したい』という目標は一致していたと思います。異なるチームが共に仕事をする上で、共通の目標やミッションを明確にして持ち続けることが、重要ではないでしょうか」(浅井氏)
共通ミッションの重要性は、ビジネスパーソンならよく耳にする話だろう。しかし、これを実践するとなると、話しは別だ。現場のメンバーだけでなく、マネジメント層まで共有することが求められる。以前、xDXで楽天・北川氏がこの点を強調したのも、このような背景があるからではないだろうか。
ツールを導入するだけで、DXは完結しない
またチームビルディング以外にも、大きな課題があった。
「楽天市場」のECCは東京本社だけでなく、日本全国に広がる支社でも活躍している。導入するデータ分析用BIツールは決まったものの、これをどうECCへと展開するか。具体的な策を考えねばならなかった。
またBIツールは、これまで慣れ親しんできたExcelとは仕様が大きく異なる。実際、活用してきた栄氏も「BIとExcelでは、インタフェースで使われている用語が違う」と述懐する。
一般的に、デジタル化を推進するためにソリューションを導入したものの、想定通りに活用されず失敗に終わるケースは少なくない。筆者も、かつて営業職を経験する中で、このような例は数多く見聞きしてきた。
ソリューションやツールを導入するだけでは、DXは完結しない。DXを成し遂げるには、ここからさらなる取り組みが必要となる。むしろ、そこがDX最大のポイントだと言えるだろう。
DXを遂行する3つの施策
それでは、楽天はどのようにECC業務のDXを実現したのか。ここから大きく分けて3つの施策について紹介しよう。
まず1つ目は「教育」だ。各拠点に浅井氏をはじめシステム開発担当者が出向き「なぜBIツールが必要か」を伝え、ECCの方々にBIツールの使い方をレクチャーした。これにより、ECCが抱く新ツールへの不安を極力無くすように努めたという。
ちなみに、このレクチャーの機会では、思わぬ副産物を産んでいる。
「当時は、顔を合わせて直接話すことで相互理解が進みました。実際、私たちもECCの方々の業務をより深く知ることができました」(浅井氏)
「私たちECCも、システム開発担当者と接することができて、BIツールについてわからないことがあれば、気兼ねなく使えるようになりました」(栄氏)
当初、課題となっていたチームビルディングも、この教育の機会を経て解決が進んだようだ。
2つ目は、「エバンジェリスト制度」である。これこそが、楽天のDXプロジェクトを成功に導いた最も大きな要因だと言えるだろう。
エバンジェリストとは、日本語で「伝道師」を意味する言葉。本事例では、BIツールの使い方を習得して、それを広めるECCにエバンジェリストの役割を担った。ツールを普及させて利活用を促進するキーパーソンとも言えよう。
「第1期エバンジェリストの選定は、各支店のマネージャーの方々にお願いしました。しかし、第2期以降は社員の自発性を尊重したいと考えて、挙手制にしています」(齋藤氏)
こうして、マネージャーの目にかなった精鋭たちが、第1期のエバンジェリストとなった。その1人が栄氏であり、DXを推進するキーパーソンに選ばれた。
そして、3つ目はBIツールの優れた利用方法などを社内に広めることや、BIツールの定着を目的にした「表彰制度」にある。かつてECCを経験し、現在は営業企画を務める齋藤氏はこう説明する。
「コロナ禍前は、各支社からエバンジェリストの方々に集まってもらい、BIツール制作を行っていました。表彰されるとECCのモチベーションが上がりますし、互いに刺激し合うこともできます。また、マネージャーの方々がECCの方々を快く送り出してくれたことも大きかったと思います」(齋藤氏)
表彰制度は役員も出席する会議などで行われ、「表彰されたチームが作ったBIツールの新機能は、社内公式のツールとして展開することもある」(齋藤氏)という。
また栄氏は表彰制度の意義について、こう語る。
「表彰されると、周りからの見られ方も変わります。何か、すごいことをやったらしいと。それによってさらに他の社員のモチベーションが上がっていき、良い循環が生まれます」(栄氏)
このように、3つの施策をミックスさせてECC業務のDXがスタートした。しかし、これらを強力に推進させるには、”ある重要な要素”が欠かせない。
それは一体何か、後編で明かそう。
▶︎8月13日(金)配信予定の後編記事につづく
取材/文:山田雄一朗