VUCA時代の行政サービスデリバリーとは。デジタル庁統括官とグラファーCEOが考える「国DX」の論点

VUCA時代の行政サービスデリバリーとは。デジタル庁統括官とグラファーCEOが考える「国DX」の論点

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SDG’sの推進はもとより、昨年から続くコロナ禍で持続可能な社会へ向けたDXの波が加速している。さまざまな業界でDXに取り組む動きが活発化するなか、DX推進の旗振り役となって現場を牽引するDX人材の重要性は高まるばかりだ。

それに伴い、資本主義経済の発展に多大な影響を及ぼすフィンテックが台頭するほか、あらゆる業界における金融機能がデジタル化とともに加速する「金融DX」も注目されている。

9月1日には、国家のDXをリードするデジタル庁が発足。コンピュータシステムの標準化やマイナポータルの活用、新型コロナ対応など課題は山積される状況だが、今後の動向にかなりの関心が寄せられるのは周知の事実だろう。

そんななか、2021年9月29日〜10月1日の3日間にわたって、日本経済新聞社主催のもと「金融DXサミット(Financial DX/SUM)2021」が開催。「持続可能な社会へ向けて加速するデジタル変革」をテーマに、“金融”に関わる様々なステークホルダーが会場およびオンラインで参加した。(イベント概要紹介はこちら

サミット1日目には「国が1週間でサービスをデリバリーするために必要なこと 」と題したパネルセッションが行われ、デジタル庁からはデジタル社会共通機能グループ デジタル庁統括官の楠 正憲氏が登壇。対談相手として、数多くの自治体におけるデジタル化支援を行ってきた株式会社グラファー 代表取締役CEOの石井 大地氏が登場した。

国や自治体がスピード感を持ってサービスをローンチするために必要なことや、解決しなければならない課題、未来への展望について語り合うセッションとなった。

既存のシステムを上手く活用すれば、デリバリーを早くできる

そもそも、「国が1週間でサービスをデリバリーするために必要なこと 」とは、具体的にはどういうことなのか。楠氏は平井デジタル大臣の言葉を借りつつ、次のように説明した。

「行政手続をスマホで1分くらいで完結できるようにすること。そして、デジタル庁内でエンジニアを抱えることで内製化を図り、サービスを出そうと思ったら1週間でリリースできるような体制を整えること。これらが、今後のデジタル庁で目指すべき青写真となります」(楠氏)

とはいえ、1週間は相当短期間であることは相違ないだろう。楠氏は、これまで国がリリースしてきたサービスを振り返った。

「例えば、接触確認アプリ『COCOA(ココア)』は6週間くらいでリリースできましたが、1から作ったのではなく、民間のコミュニティにあったものをブラッシュアップして開発を進めていました。また、ワクチン接種記録システム(VRS)も2ヶ月くらいは要しています。一番近しい例だと、特別定額給付金のオンライン申請で、2週間くらいでデリバリーしていますが、これも既に存在した電子申請機能『ぴったりサービス』を大量に申請が来る箇所を直して、リリースまで持っていきました。つまり、ゼロから作るのではなく、もともとあるシステムを改良したからこそ、一定のスピード感をもってサービスをリリースできた背景があります」(楠氏)

また、石井氏も「自治体から2週間でやってくれという依頼はあるものの、あくまで提供プラットフォームの導入で考えるのが前提になっている」と続ける。

「グラファーでは自治体の行政手続きをオンライン化する事業を展開していますが、2週間でサービスをデリバリーした事例としては、コロナ禍で苦境に立たされている事業者向けの補助金申請システムが挙げられます。ただ、弊社が使っているクラウド型のオンライン申請サービスを導入いただいて、職員がノーコードで作業するのがベースとなっています。契約手続きや制度の建てつけをしっかり調べたりするなどの手間も考えると2週間はかかるので、何もないゼロから立ち上げていたのでは間に合わないでしょう」(石井氏)

スピード感ある開発には「特命随意契約」が不可欠

コロナ禍という未曾有の社会情勢が続くなか、ワクチン接種記録システム(VRS)などの整備は緊急度の高い状況だ。急を要するからこそ、「正規の契約ではなく、特命随意契約での締結を行う必要性が出てくる」と楠氏は述べる。特命随意契約とは、国や自治体が競争入札を行わず、特定の事業者を指定して契約を結ぶことだ。

「仕様を固めて、相見積もりを取って、契約詰めてとやっていると3週間かかります。また入札をやる場合は、仕様書のFIXや工期を含めると、約1年がかりで入札の準備をするのが役所の伝統的な調達習慣になっています。これまでサービスをデリバリーするためにリソースを集中させ、政治的なバックアップもあって3週間かかったということは、1週間でサービスを出すということ自体、現行の制度上では不可能なのかもしれない。仮に調達制度を変えるにあたって、一番シンプルなのは内製化することで調達を不要にすること。そのほか、すでにある契約を変更するやり方もあるでしょう。とはいえ、制度の中でどんなやり方があるのか、制度そのものを見直すべきところがあるかなど、さまざまな選択肢を考えながら、向き合っていくことが求められていると感じています」(楠氏)

石井氏も「国も自治体も同様の調達ルールだからこそ、スピードが求められるサービスは特命随意契約を使わざるを得ない」と話す。

「正規の手続きを踏んでいれば、確実に数週間はかかるので、特命随意契約で進めるのが常だと思います。ひとつ例示したいのは、弊社のプラットフォームを既に導入している自治体が内製化でまかない、1週間でサービスを公開した北九州市の事例です。コロナ禍で貧窮している学生向けに同市が独自の学生応援給付金の制度を作ったのですが、オンライン申請の申し込み動線を非エンジニアの職員が1週間で完成させました。この制度には5,000人もの学生が応募する結果となり、一定の成果が得られた事例となっています」(石井氏)

従量課金に最適な国や自治体の契約形態を見出せていない

官民問わず、デジタルシフトやDX推進は非常に重要視されていることだが、なかでもひとつのソリューションとして注目されているのがクラウドだ。モデレーターである日本経済新聞社デジタル政策エディターの八十島氏がクラウドの特徴を次のように紹介した。

「クラウドは物的資産を持つ必要がなく、戸建よりも賃貸のイメージに近い。また一点ものではなく、みんなと同じサービスを従量課金で利用するのが特徴となっています」(八十島氏)

これに対して、各スピーカーらはクラウドに対してどのような所感を抱いているのだろうか。まず楠氏は、国の調達における伝統に触れながら、次のように説明した。

「一般競争による入札は請負契約である以上、使った分に関係なくあらかじめいくらと決めてお金を払うのが国の伝統的な調達制度です。クラウドサービス等のIT基盤の契約はこれまであまりしてこなかったのですが、今の会計法でも単価契約を結べばできないことはない。値段の合意のもと、使用した量で払うという契約になるのですが、ここでネックになるのが“サービスを選びたくなる”ということです。」(楠氏)

楠氏によると、SalesforceやAWS、Azureなどサービスごとに特徴があるので、適材適所で使用したくなるものの、一つの契約の中で複数事業者と単価契約を同時に結ぶのは難しいという。

「現在、解釈の捉え方で解決できるか否か、あるいはテクニカルな議論を繰り返して変える必要があるかなど、侃侃諤諤しながら意見を出し合っています。従前の契約の仕方だと使ってない分の金額も払ってしまうのを克服し、出来高払いにしていくことと、どうやって選択肢を作っていくのかが焦点になるでしょう」(楠氏)

石井氏は「正直行政における契約のプラクティスは見出せていない」としながらも、最近注目していることも踏まえ、こう答えた。

「『利用料としてこのサービスをいくらで契約する』といった事例もありますが、請負契約でも実態は『クラウドサービスの月額料金何ヶ月分』というパターンもあり、行政の契約周りの最適解は得られていないのが現状です。ただ最近は、諸外国が実施しているデジタルマーケットプレイスに注目をしていて、調達プロセスを省略する仕組みができないかと一考しています」(石井氏)

デジタルマーケットプレイスについて楠氏は「韓国などの先進国がやっているということは、日本でもやればできると思いつつ、日本の法律でできるかというのは見直す必要がある」と見解を示す。

「現在の状況では1件1件調達するのに事務費がかかっています。役人の人件費、提案する民間企業の人件費、営業コストや販管費などが上乗せされ、最終的には価格に転嫁されている。コストダウンの意味でもやらない理由はないのではと考えています」(楠氏)

自治体DX推進における課題点とは何か

国が進めるDXの一環として、2020年12月に総務省より「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画」が発表され、2025年を目処に自治体の情報システムの標準化や共通化を進める指針が示された。こうした自治体DX推進に対する課題感や留意すべき点はどのようなことなのか。

「自治体クラウドで、いかに業務を標準化していくかという議論がありながらも、競争がなくなってしまうのが懸念点」だと言及するのは楠氏。

「国から約束された独占的なシステムをすべての自治体へ一括導入した場合、本当にそのシステムが汎用的かつ進歩し続けるのかが疑問に思います。国と比べて自治体の強みは、業務の現場に近いところです。DXはどうやって業務を変えていけば、スムーズに回せるかという文脈があるので、自治体の職員が自立性を持って推進する必要がある。他方で霞が関の職員は、法律をどう作っていくかは知っていますが、現場で業務がどう回っているかはあまり把握していない。自治体標準化を、霞が関主導で自治体へ押し付けてしまうと、頭でっかちなシステムになってしまうのではと危惧しています」(楠氏)

自治体標準化も、どこをゴールにするかでだいぶ話が変わってくるのだろう。楠氏は次いで「完璧な標準化を目指すのではなく、効果の高いところから標準化をしていくのがいいのでは」と説く。

「ISOなどの国際標準を見ても、上から下まで全て標準は作っておらず、部分部分を固まりとして揃えていき、その組み合わせからシステム化していくのが基本となっています。要はできるものから小分けにしていき、さらにはある程度、短くマイルストーンを切っていて、だんだんと良いものへ進化させていく。このように取り組むのがいいのではと考えています。現状に鑑みても、国と地方のシステムが繋がっていなかったり、自治体のシステム間の連携が不十分だったりと、まだまだ手動でのオペレーションが生じているので、改善できるところからステップ・バイ・ステップでやるのが大切だと思います」(楠氏)

ISMAPもレイヤーを区分する必要性があるのでは?

政府は2020年6月に、政府情報システムのためのセキュリティ評価制度(ISMAP)の運用を開始し、今年3月には初めてISMAPクラウドサービスリストの登録・公開を行った。今後注目されるであろう本制度について、石井氏は「スタートアップ企業はあまり参入しない領域」だと分析する。

「スタートアップは急成長を課せられた企業とも呼べるゆえ、狙うのは変化が激しいマーケットです。つまり状況が変わるということは、そこにビジネスチャンスが生まれるわけで、スタートアップがシェア獲得のために入り込む余地がある。弊社が住民のオンライン申請や窓口のオンライン化のサービスを展開しているのは、時代によって利用者の要求が変わるから。パソコンの時代からスマホの普及、これから音声認識も出てくることが予想されるなど、UIが変遷していくところにチャンスがあります。一方で、政府の裏側の基幹システムは長期的に安定運用が基本なので、変化がほとんどない。そこにスタートアップはあまり参入しないのではと率直に思います」(石井氏)

楠氏は「多少プレイヤーは減っても、達成すべきセキュリティは達成しなくてはならない。しかし、システムごとに求められる機微性や変化のスピードも異なるのも考慮するべき点」だと言う。

「今のISMAPの仕組みは大規模なクラウドサービスや数百・数千億規模の設備投資、R&Dなどを行なっている企業向けには十分に合理的ですが、数百や数千万規模のSaaSサービスもあるわけで、一緒くたにISMAPを適用するには難しいのではと個人的には思います。結局、大手外資SaaSしかリストに入っていなければ、日本のソフトウェア産業そのものに打撃となってしまいます。事業特性や投資規模にあった形で基準を定め、レイヤーを区分するなど、まだまだ改善点はあると考えています」(楠氏)

世帯単位から個人単位へシフトするのに立ちはだかる問題

最後に、将来的な住民の管理のあり方や統治の仕方について、議論が交わされた。石井氏は「北欧に見るプッシュ型の行政サービスに注目している」とし、次のように考えを述べた。

「日本の社会・福祉の保障は、役所に申請を出さないと手当が受け取れないという“申請主義”の上に成り立っています。
生活保護や障害者福祉など、本来なら手当を受け取れるのに『申請できるとは知らなかった』『複雑なのでやれなかった』などの理由で給付を受け取れないケースが往々にしてあります。北欧で進んでいるプッシュ型の行政サービスでは、給付対象者を行政側が洗い出し、必要な支援を行政からアプローチしていく仕組みです。今後、デジタル化が進んでくれば、データを可視化することでこのようなシステムも作れるのではと念頭に置いています」(石井氏)

10月1日に公開された劇場映画『護られなかった者たちへ』(佐藤健主演)も、まさにこの申請主義によって起こる弊害をフィクションという形を取りながらも痛烈に問題提起をしており、社会システムとしての課題認知は確実に広がっている状況だと言えるだろう。

他方、世帯単位から個人単位での管理を目指す上で、「世帯の問題が大きい」と述べた楠氏。一筋縄にはいかない状況についてこう説明し、会を締めくくった。

「世帯=住民票世帯であれば簡単に管理できるかもしれませんが、あくまで同じところに住んでいる居住関係証明でしかないわけです。単身赴任や子供が外で下宿している場合などに、明確に分けなければならないルールは定まっていない。また、法律や制度によっても世帯の捉え方が異なるので、世帯という考えがある限り、相当プッシュ型の行政サービスを検討するには限界があるでしょう。
何より国民の考えや価値化をもとに、法や制度に付帯する世帯の枠組みや概念を組み立ててきたので、情報システムで自動処理するために個人単位にするべきという簡単な話ではない。政治の世界でしっかり議論されたものを、どうやって制度やシステムに実装していくかという観点が大切だと思います」(楠氏)

編集:長岡 武司
取材/文:古田島大介

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