麹や旨味など、日本古来からの「食の智慧」に盛り上がる欧米市場を探る 〜Food-Tech Webinar Fall 2022レポート
目次
人口の劇的な増加と地球温暖化などの気候変動、さらには生物多様性の喪失等を背景に、グローバル規模で「食のオルタナティブ」を模索する動きが加速している。
特に昨今では、ロシアのウクライナ侵攻といった地政学リスクに起因する物流領域への大きな影響も相まって、サプライチェーンそのものを変革するような取り組みが各所で勃興している状況だ。
その中のワントピックとして、現在世界中の投資家から多くの資金を集めているのが、植物性代替タンパク質を開発・製造・販売するスタートアップである。日本においても、ネクストミーツをはじめ複数のスタートアップが商品開発を加速させており、また食品メーカーや外食チェーンでの商品開発も加速中だ。モスバーガーでソイパティ(大豆由来の植物性たんぱく)を使ったバーガーを食された方も多いのではないだろうか。
今回は、そんな植物性代替タンパク質の中でも既に欧米の著名なファンドからの出資を受けており、独自の技術で「マグロ」の代替食品の製造にチャレンジするスタートアップと、ヴィーガン「和牛」を追求するスタートアップの2社が日本初登壇したイベントの内容をレポートする。
まず前編では、「Food-Tech Webinar Fall 2022 powered by addlight/SUITz」を主宰する株式会社アドライトによるイントロダクションとして、世界の発酵市場の状況を説明したセッションについてお伝えする。
※同イベントを主宰するアドライトによる過去のイベントレポートはこちら
世界で注目される「コウジ」商品
株式会社アドライト パートナー 熊谷 伸栄氏
冒頭のイントロダクション「日本の食文化の智慧が世界で果たせる役割」を担当した株式会社アドライト パートナーの熊谷 伸栄氏は、アドライトでの活動のほかに、自らもかつて国内のフードサービスベンチャーの準創業メンバーとして関わった経験や、2015年以降、数々のフードテック・スタートアップの社外アドバイザーとしても日米での事業化をそれぞれ牽引、最近では主に日本の大手企業の欧米事業化をアイディエーションに留まらず、実行フェーズまでを支援してきた実績もある。特に北米市場を中心に活動されているのみならず、幼少期をサンフランシスコで育ったこともあり、現地のフードテック領域と社会トレンドに明るい人物だ。
熊谷氏が冒頭に提示したのは、高タンパクな代替食品の開発に取り組んでいる米Prime Roots社による、KojiハムやKojiターキー、Kojiベーコン等を使ったムファレッタ(英語表記:Muffuletta) の写真。
同社は米カリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)の学生によって創業された会社で、主に「麹菌」由来の機能性を活かしたプラントベースの代替タンパク食品の開発を進めている。現在(2022年9月1日時点)の事業フェーズはシリーズAで、サンフランシスコの代表的な高級オーガニックスーパー(バークレー市にある「Berkeley Bowl」やサンフランシスコ市内にある「Bi-Rite」等 )で既に商品が販売されているという。
ハイエンド向けの「Erewhon Market(エレウォン・マーケット)」は、日本からの移民である久司道夫氏と久司アベリーヌ氏によって1966年にボストンで創業された経緯があり、事業の源流には日本の存在が垣間見える
このPrime Roots社の飛躍と高級オーガニックスーパーでのトレンドについて、熊谷氏は「欧米ではここ数年、麹など日本古来からの食材の智慧に対する探究心が、特に若い世代を中心に高まっているようだ」とコメントする。
「日本の素材が西洋のレシピとしてリパッケージされ、米国の高級オーガニック食品チェーンや、地元のレストラン等で着実に上市されるようになってきています。また、ロサンジェルスだけで展開される超高級オーガニック食材ブティックチェーン『エレウォン・マーケット』(英語表記:Erewhon Markets)のような、健康志向が極めて高い米国人が好む高級オーガニックチェーンには、もともと日本人発の自然由来と健康志向の考え方が源流にあるわけですが、2011年に現オーナーへと事業承継されたあとに米国人の嗜好にフィットする形となり、そこからさらに人気スポットへと飛躍したと考えられます。こちらの写真にある通り、“ナットウ”が17ドルしたり静岡県産の抹茶が79ドルしたりするなど、日本で普通に購入できるアイテムが超高級品になっているのです」
コロナ禍が世界の「発酵市場」の成長を後押し
このような発酵をテーマとするグローバル市場の動向については、米非営利団体「Good Food Institute(GFI)」によるレポート「2021 Fermentation State of the Industry Report」が参考になる。
冒頭に示したとおり、代替タンパク質市場はグローバルトレンドとして伸びているわけだが、その中でも2021年においては「発酵(fermentation)」が大きなテーマになったと、同レポートは説明している。以下のグラフで示されているとおり、2013年から2021年の累計で捉えると発酵関連企業は約28億円($2.81 billion)を調達しているのだが、そのうち2021年だけで約17億円($1.69 billion)が調達されているのだ。これは前年となる2020年の約3倍に達しており、代替タンパク質への投資全体の3分の1を占めているとのこと。
日本の発酵文化を含むいわゆる「伝統発酵」と併せて、「精密発酵」や「バイオマス発酵」を代替タンパク質に応用する企業も急増している。特に精密発酵領域については、2019年〜2021年にかけて平均10社のスタートアップが立ち上がっており、そのうち約20%は代替肉等の食肉領域でのソリューションを開発している。
ただし当然ながら発酵技術はそれだけにとどまらず、乳製品などの消費者向け最終製品はもとより、資料の開発やフードロス削減のための食品保存技術など、多様な領域で展開されている状況だ。
このような「発酵」への注目が高まる要因として、コロナ禍の状況は無視できないと熊谷氏は強調する。
「世界的なトレンドではありますが、米国でもコロナ禍を経て、自己免疫力の強化に関する意識が高まっています。またZ世代〜ミレニアル世代の米国人においては、健康的な食生活のためには積極的にお金を使うとする割合が80%にものぼるという調査結果もあります。ただ、これに対して日本の伝統的な健康機能性の高いと伝承されてきた食材は、まだ十分に欧米市場へと紹介されていないと言えます。よって私としては、ここに市場性があると考えています」
日本の伝統素材を「欧米流の形」に組み直していくことが大切
プレゼンテーションの最後に、熊谷氏から「日本由来の食の智慧を欧米仕様化」した具体事例として、何点かの事業が紹介された。
たとえば国内事例でいくと、プラントベースジャパン株式会社が提供する日本食プラントベースブランド「UMAMI UNITED」では、日本特有の“旨味(うまみ)”に着目し、発酵技術を応用して作られた麹菌などの酵素を利用して植物性代替食品の開発を進めている。第一弾としては、2022年2月から「UMAMI EGG」(植物性100%の原材料で作られた粉末タイプのタマゴ食材)を販売しており、アレルギー28品目全てに対応、ハラールや五葷フリーも含む食の多様性にも対応しているという(まずは業務用のみの販売)。
また、1804年に創業された三重県桑名市に本社を置く食品メーカー・サンジルシ醸造株式会社(ヤマサ醤油株式会社の完全子会社)では、1978年より米リッチモンドに現地法人を設立し、“たまりしょうゆ”の輸出を開始した。約10年後の1987年には現地にて醸造工場も竣工し、「小麦を使わない大豆100%の醤油」として欧米各地における調味料のスタンダードの一つとして認知されている。
「サンジルシ醸造の事例は、まさに日本古来の醸造技術で築き上げた智慧を、米国都市圏のオーガニック系市場層の食習慣や価値観に呼応したものだと言えます。日本の老舗有力ブランドが、日本の外の本流市場で“現地化”に成功した好事例です」
画像出典:https://san-j.com/
このように、日本の伝統機能性食材が欧米で活躍できる素地は幅広いと、熊谷氏はコメントする。
「食のバリューチェーンや現地の市場性に着目し、日本の伝統素材を欧米消費者が受け入れやすい形に組み直していくことで、現地の健康志向の高い層を中心により広く普及させることができると、様々な事例を通じて感じています。特にバリューチェーンにおいては、日本の商圏だけが対象なのではなく、より広い視野で市場の動向を着目していくと今まで見えていなかった可能性が広がって行くと捉えられます」
「今回はこの中でも、未来の食材開発の部分に焦点をあてるべく、既に世界的なファンド等からの出資を受けている米国及びカナダで話題の2社のスタートアップにご登壇いただきます」
*後編記事につづく
取材/文:長岡武司