健康長寿社会に向けたエコシステム構築へ。日立がシニアの社会参加を促進する新事業を立ち上げた理由

健康長寿社会に向けたエコシステム構築へ。日立がシニアの社会参加を促進する新事業を立ち上げた理由

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少子高齢化問題において先進国と言われている日本。デジタル化が進み、変化の激しい時代を迎えているからこそ、超高齢社会が継続する未来への備えや基盤づくりが求められている。特に高齢者の介護予防や生活支援は、健康長寿社会の達成に必要不可欠だと言えるだろう。

そんななか、日立製作所(以下、日立)が日本老年学的評価研究機構(以下、JAGES)との共同研究のもと、シニアの社会参加を促進し、介護予防を支援する新たな事業を立ち上げた。

これまで日立は、データやテクノロジーの力で、社会におけるさまざまな課題を解決するイノベーションを推進してきた。今回の新事業にはどのような狙いや背景があるのだろうか。

去る2022年2月15日の記者発表会では、事業化に至った経緯や今後の展望についての発表が行われた。

持続可能な社会を目指すにはシニアの“社会参加”が鍵になる

日立製作所 金融第二システム事業部 金融システム第四本部 技師の鎌田裕司氏は開口一番、「この取り組みは、“社会参加”というキーワードが非常に重要になっている」と述べる。

超高齢社会と呼ばれて久しいが、2020年度の介護費は10兆円にも膨れ上がり、20年前と比べて3倍以上にもなっている状況だ。国全体の税収から考えても、この数字は多大な影響を及ぼすものであり、持続可能な社会を目指していくためには大きな課題と言わざるを得ない状況になっている。

つまり、シニアの健康や介護をサポートする新しい社会構造を新たに構築する必要性があるわけだ。

鎌田氏は「シニア一人ひとりが、自分たちの介護や認知症にかかるリスクをしっかりと認識し、予防するための正しい知識が必要になる。加えて、個人の取り組みに任せるのではなく社会全体としてサポートできる仕組みづくりが求められるだろう。これらを実現するためには抜本的な変革をしていかないといけない」と語った。

そんななか、高齢者の介護予防に関しては、さまざまなアプローチで研究がなされているが、日立はJAGESの研究への取り組みに注目したという。

JAGESは社会参加すればするほど「健康でいられる」、「要介護になりにくくなる」といった観点で研究を重ねており、健康長寿社会における予防政策の科学的な基盤づくりを目指している団体である。現役世代であれば、他人と交流したり趣味の集まりに顔を出したりと、当たり前に社会参加しているが、年齢を重ねるごとに社会参加しにくくなるのが実情と言える。

シニアの社会参加を促し、健康や介護予防を支援できるような仕組みを提供できないかと考えた結果、JAGESとパートナーシップを結ぶこととなった。

社会参加先や趣味の種類が多いほど、認知症リスクが低下する

高齢者は、介護が必要になる認知症にかかりやすい年代と考えられているが、JAGES機構 代表理事の近藤克則氏は「高齢者の数が増加するのに併せて認知症の発症数も増えているのであって、欧米では認知症発症率が低下しているという研究が発表されてきている」と、認知症の現状について話した。

研究結果によれば、ここ30年の間に認知症発症率が4割も減少しているという。

だが、この短期間で人の遺伝子や生物学的なメカニズムが極端に変わったとは考えにくい。だとすると、高齢者を取り巻く環境や行動を変化させることで、認知症発症率の低下に寄与するのではないか。そのような見立てが生まれ、欧米では裏付けられているのだという。

日本の高齢者も、ここ10年ほどで約5〜10歳程度若返っているといわれている。歩くスピードを見ても、以前より早足で歩く高齢者が増えているのだそうだ。

近藤氏は過去と比較し、どんな行動の違いが起きているかという調査結果でわかったことを次のように示した。

「人口密度が高い地域に住む高齢者ほど、1日30分以上歩く割合が高いことが分かりました。さらに、そこに認知症のリスクを見る先行指標と照らし合わせると、1日30分以上歩く高齢者が多い地域は認知症のリスクを持っている人が少なく、逆に1日30分以上歩く割合が少ない地域の高齢者は認知症のリスクが高いという相関関係があることが分かりました」(近藤氏)

上記に加え、趣味の種類と認知症のリスクとの関係性があるかについての追跡調査も行ったところ、「65歳以上の高齢者約50,000人を対象に6年間に渡る調査を行った結果、男女共通してグラウンド・ゴルフと旅行を趣味に持つ高齢者は、認知症発症のリスクが約20〜25%減っている」ことが結果として浮かび上がってきたという。

上記に加え、趣味の種類と認知症のリスクとの関係性があるかについての追跡調査も行ったところ、「65歳以上の高齢者約50,000人を対象に6年間に渡る調査を行った結果、男女共通してグラウンド・ゴルフと旅行を趣味に持つ高齢者は、認知症発症のリスクが約20〜25%減っている」ことが結果として浮かび上がってきたという。

さらに、高齢者が参加している組織の種類と要介護リスクの相関があるかについての調査では、男女とも就労やスポーツ、町内会、ボランティアなどに参加している人ほど要介護認定を受けるリスクが低い数値結果が出た。

研究から生まれた独自の要支援・要介護リスク評価尺度

ここまでの結果に鑑みて、近藤氏は「社会参加先が多いほど要介護認定リスクが小さくなるというのがわかってきた」と強調する。

今まで1〜2種類の組織に参加していなかった高齢者が、このようなデータを把握することができれば、積極的に社会参加するようになるかもしれない。そうすれば、要介護認定リスクを減らすことができ、ひいては介護費の抑制にもつながっていくのではないだろうか。このような仮説が生まれたわけだ。

社会参加先は色々とあるなか、これまではどうしても質問紙で高齢者に尋ねないと実態を把握できなかった。有益なデータを集めるのに5年〜7年といった長い期間が必要だったわけだが、この期間を短期化し、より予測しやすくするために、近藤氏は独自の要支援・要介護リスク評価尺度を開発したという。

この尺度を用いれば、累積介護サービス給付費の推計などさまざまな分析への応用が可能になるというわけだ。

社会参加と健康長寿の関係性を紐解くデータベースを構築する

今回、日立とJAGESが共同で進める新事業は、シニアの社会参加行動を測定し、そこで得たデータに基づいて介護リスクの予測や介護予防のための行動介入を支援するというものだ。

ここでコアとなるのが、今回両社が発表した、シニアの社会参加を促進するスマートフォンアプリ「社会参加のすゝめ」(ローンチは2022年4月予定)となる。

先述したとおり、これまでは質問紙のようなアナログベースの調査手法だったがゆえに、タイムリーにデータが集められなかったり、主観的な回答に依らざるを得ないことが課題だった。これに対して、今回発表した「社会参加のすゝめ」を活用することで、「スマホを用いた調査のデジタル化を図り、収集するデータの質・量、検証手法の高度化が可能になる」と日立・鎌田氏は話す。

「日立が培ってきた人の健康に関するデータアナリティクスのノウハウを応用しつつ、調査研究におけるデータドリブンな検証の実現が期待できます。ローンチ時点で備えている機能は2つあり、1つ目はスマホのGPSを使って自身の行動を自動で記録する機能となります。これは、『社会参加』の度合いを計測し、自身の社会参加状況を認識するために便利なものとなっています。また2つ目は、JAGESが発表してきた研究成果をコラムとして発信する機能です。社会参加を通じた介護予防のための知識獲得や行動変容を促していきたく実装したものです」(鎌田氏)

「社会参加のすゝめ」のサービスコンセプトとしては「シニアへ社会参加の有用性を啓蒙することで、社会参加と健康長寿の関係性を紐解くデータベースを構築する」ことを掲げているという。

「集まったデータを生かし、民間企業や自治体と連携しながら社会参加を後押しするサービスや取り組みを創生するとともに、利用者に還元するサイクルを実現していきたいと考えています。シニアマーケットに向けたサービスがプロダクトが増えてくれば、その分だけデータベースも充実してくるので、シニアにおける社会参加の機運が高まることにつながります。こうした好循環を生みだしていければと考えています」(鎌田氏)

企業や自治体と共創し、シニアの社会参加を促していく

今後の展開として、鎌田氏は「日立単独でスマホアプリを配って終わりではない」とし、以下のように語る。

「『社会参加のすゝめ』を起点に、事業に賛同していただける企業や自治体をとにかく増やし、シニアがより社会参加しやすくなるような社会環境を作っていければと考えています。アプリを通じた社会参加行動の啓発と、計測情報を生かしたサービスの開発が、高齢者介護における社会課題の解決の糸口となり、持続可能な社会の布石となると捉えています。自治体のほか、保険会社や金融機関、不動産デベロッパー、介護事業者、モビリティ事業者、小売事業者など、あらゆる領域に『社会参加のすゝめ』のデータを活かすことで、新たなエコシステムを生み出していくことを目指したいです」

アプリを通じた社会参加行動の啓発と、計測情報を活かした社会参加指向のサービスの創生を通じて「社会参加を定着させたいシニア」と「介護予防指向のサービス」をつなぐスパイラルを生み出すとしている。ちなみに同社は事業化に先立ち、2020年には、社会参加行動の測定と行動変容に関する実証実験を実施。スマートフォンをもつ約90名のシニアにテスト用アプリをインストールしてもらい、4か月間データを計測しつつ社会参加を促す情報提供を行ったところ、一定の割合で社会参加行動が活発化したことが確認できたという

またJAGES・近藤氏も、最後に「社会参加のすゝめ」の可能性について以下のようにコメントした。

「これまで研究を続けてきたなかで、社会参加や歩行量を増やせば、高齢者の健康長寿につながることが見えてきました。今回リリースする『社会参加のすゝめ』を有効活用し、データを収集することができるようになれば、高齢者の社会参加状況の把握が可能になる。そうすることで、社会保障費用の抑制額の推計も行いやすくなるでしょう」(近藤氏)

データから価値を創出してイノベーションを加速する「Lumada(ルマーダ)」をドライバーに、さまざまな社会課題の解決に取り組んでいる日立。今回の新事業が、超高齢社会の新たなインフラとなるか、今後の動向を注視していきたい。

編集:長岡 武司
取材/文:古田島大介

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