コロナ禍以降、企業が考えるべき「デジタルメンタルヘルス」とは

コロナ禍以降、企業が考えるべき「デジタルメンタルヘルス」とは

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世界的にヘルスケア市場が成長を続けている。とりわけ、デジタル技術が進展したことでヘルステックが台頭し、多くのイノベーションが生まれつつある。特にコロナ禍になったことで、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進やオンライン化が急速に進み、遠隔診断やオンライン診療といった新たな医療のスタイルも登場している状況だ。

そんななか、リモートワーク中心の業務や非接触機会の増加に伴い、社会への帰属意識が欠如し、疎外感を抱く人も多くなってきている。メンタルヘルスや心の健康に関心が高まるなか、実際の現場においては、どのような課題や解決策が提示されているのか。

今回は、去る2021年12月2日に開催されたカンファレンス「Healthtech/SUM 2021」内でのセッション「心の健康を維持するテクノロジー」の模様を取材した。

セッションは有識者のトークセッション、ヘルステック企業によるデモ、登壇者を交えたパネルディスカッションと3部構成で行われた。まず本記事では、東京大学大学院の医学教授である川上氏と大室産業医事務所で代表を務める大室氏によるトークセッションの様子をお伝えする。
・川上 憲人氏(東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野 教授)
・大室 正志氏(大室産業医事務所 代表)※モデレーター

コロナ禍でリモートワークに対する向き不向きが顕著に

まずは、コロナ禍でメンタル不調が増えたと言われていることについて。「これだという確かなデータはまだ出ていない」と川口氏は述べる。

「私は働く人の心の健康について、かれこれ何十年と研究していますが、コロナのような大きな有事は初めての経験であり、今も研究を進めながら全体像を掴もうとしている最中です。いくつかの論文では、心理的なストレスが上がったという報告が見られるものの、通常の労働者で言えばコロナの流行が来れば調子が悪くなり、収まれば落ち着くという傾向が繰り返されており、概ね横ばいになっていると思っています。ただ、先日発表された厚生労働省の自殺の統計を見ると、女性の自殺率が上がったり、また労働安全衛生調査でも1ヶ月以上の休職者が増えたりと、コロナ禍で調子悪い人が増えているのではと感じています」(川上氏)

一方これからは、「在宅勤務に向いている人とそうでない人の差が出てくる」と川口氏は続ける。

「研究以外で私の把握しているところでは、新入社員や異動してきた社員が次々と倒れてしまう実態を知っています。上司が『これくらいわかっているだろう』という接し方でコミュニケーションしていたつもりが、全然意図が伝わっておらず、全く訳のわからないまま仕事を進めていくうちに3ヶ月くらいで倒れてしまう人が相次いでいる。リモートだからこそ、ちゃんと理解して仕事についてきてこれているかは、上司が必ず確認すべきだと思います」(川上氏)

ジョブ型雇用が浸透すれば「つながり」の欠如を生む懸念も

ここからトークテーマは「働き方」へと移る。

日本の会社には、大きく分けて2つの働き方があると言えるだろう。ひとつは日本独特の「メンバーシップ型」と呼ばれるもので、新卒一括採用を行い、社内教育やOJTを通して育成していく働き方。そしてもうひとつは「ジョブ型」と呼ばれるもので、データサイエンティストや経理など仕事ごとに“値段”がついて、そこに人材を当てはめていくという考え方だ。市場価格と年収が比例するのが特徴と言え、外資系企業が多く採用する働き方とも言える。

メンバーシップ型の会社では、新卒の研修で寝食を共にする「同期」が形成され、新卒社員同士が仲良くなりやすい環境を形成していた。研修が終わると、さまざまな部署へ配属されるのを見て、会社を立体的に把握する生態系が自然と成立していたのだ。

しかしコロナ禍ではリモート環境が続き、なかなか顔を合わせる機会がなく、同期との関係性が希薄になってしまっているのが現状である。

こうした状況について、川上氏は「ジョブ型のような新しい雇用を広げていく動きは、コロナ禍になってさらに加速した」と語る。

「コロナ前から顕著だったジョブ型の働き方でどうしても気をつけなくてはならないのは、日本人が『人と人とのつながりの上にメンタルヘルスを保っている側面』があるということ。ジョブ型雇用やテレワーク、自立した社員の育成などが進んでくると、つながりがない職場が現れてくると思います。2000年代の中盤に、成果主義を導入した際に人とのつながりが欠如したことから、ものすごくメンタルヘルスの不調が増えたので、またその二の舞にならないかを懸念しています」(川上氏)

日本では会社における同調圧力が強いがゆえに、プライベートにおいて一人になれるインフラが世界に比べて整っている。その一方で、仕事場もリモート作業で、外へ出ても誰とも話さないとなれば、社会的孤立という問題が今後さらに増えてくる恐れもあるだろう。

さらに、ジョブ型雇用が一般化してくれば、従来における会社の人同士での飲み会やゴルフなどのつながりに変化が出てくる可能性もある。こうした状況に川上氏は次のような意見を述べる。

「日本は『一人になりたい文化』と『人とつながっていたい文化』とがせめぎあっている印象を受けます。若手の方たちも、価値を見失ってしまっているのではないでしょうか。個人的にはつながりのない日本人はすぐ倒れると思っています。ジョブ型やリモートワークが会社に浸透してくると、『どうやってつながりを会社の中で作るか』というのがマネジャーの大きな役割になるでしょう。つながりをうまく作れないと、メンタルヘルスも保てないし生産性も維持できない。このような状況がすぐ訪れるかもしれません」(川上氏)

企業が「生き方」や「価値観」を提供しないと、心の不調の原因を作ってしまう

海外に目を向けると、例えばアメリカでは「バーンアウト(燃え尽き症候群)」が非常に大きな問題になっている。とりわけ、自宅でのリモートワークに精を出せず、やる気を見出せないミレニアル世代やZ世代の若年層が自主退社という形で大量に離職しているのだそうだ。

日本でもルッキズム(外見による差別や偏見)やワーキズム(仕事が人生の中心と結びつけること)の是非が問われるようになってきたように、若年層を取り巻く仕事に対する価値観の変化が今後さらに進んでいくことが予想されるであろう。

若年層が置かれる環境の変化に対し、川上氏は「大人になるまでの間は、価値観が揺らぎやすい」ことに言及する。

「今の若い方は『社会化』と呼ぶ大人になるまでの時間が長くなっています。要は20代前半までは大人ではないため、その期間にいろんな物事が起きると非常にメンタルヘルスが弱くなりやすい。他方、これからの企業経営のあり方として、ウェルビーイング経営が最近注目されているのは良い流れだと感じています。『個人の目指す人生を応援すること』と『会社組織の理念を達成すること』を両立させることを大事にする企業が増えてきているのは、現代の時代背景を反映させているからだと思っています」(川上氏)

自分の価値が定まらない「思春期」が延びているのはすなわち、自分探しができる時間が増えているとも言えるだろう。江戸時代のような世襲制ではなく、自分で自由に選択することが可能になったわけである。

しかし一方で、自分で全て決めていくということは「自分にとって幸せなのか」、「どんな目標を持てばいいのか」という“あり方”を意識しなくてはならない。それは企業においても「生き方」や「価値観」を提供しないと、やりがいが持てずに心の不調の原因になりうるわけである。

「今日のテーマであるデジタルメンタルヘルスは、長年携わってきていますが、なかなか企業に対するアプローチとしてはうまく入り込んでいけずにもどかしさを感じています。企業の価値観が変化しているなか、どうやったら企業の求めるところにうまくはまるサービスを作り、人々の心をサポートしていくかということに頭を悩ませている状況です。だからこそ、もっと時間をかけて研究する必要性があると感じ、大学にてデジタルメンタルヘルス講座を作る予定です。メンタルヘルスの予測や改善方法、効果や副作用の有無など多角的に研究していくことで、イノベーションの源泉になればと考えています」(川上氏)

編集:長岡 武司
取材/文:古田島大介

▶︎​​この記事には後編があります(1月27日 AM9:00配信予定)

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