情報の洪水時代に保つべき姿勢【2022年編集長コラム #1】

情報の洪水時代に保つべき姿勢【2022年編集長コラム #1】

目次

※本記事は「架空対談」ということで、xDX編集長・長岡の脳内対話を文字化したものとなります。

372分の映画作品を鑑賞して

--明けましておめでとうございます!本年も宜しくお願いします。

長岡:今年も宜しくお願いします。

--お正月は何をされていたのですか?

特に実家に戻るということもせず、ゆっくりと一人で過ごしていました。
年末年始は好きなことをやるぜ!と決めていたので、31日はメルカリで購入した昔のアニメシリーズ『彼氏彼女の事情』のDVDボックスを一気見しながら年を越して、1日は表参道(東京)のシアター・イメージフォーラムまで行って原一男監督の最新作『水俣曼荼羅』を6時間以上かけて鑑賞し、合間合間には、『家族システムの起源』という歴史学者のエマニュエル・トッドさんが書いた書籍の邦訳本を読み進めて、家族という社会構造について思いを巡らせていました。

--濃い正月ですね(笑)普通に紅白歌合戦とかRIZINを見たりはしないんですね。

家にテレビがないんですよ。もともとテレビをだらだらと見ちゃうタイプの人間なので、思い切って一昨年くらいから置かないことにしたんです。

--なるほど。なぜ、水俣病の映画を元旦に観ようとなったんでしょうか?

これについては本当にたまたま発見したもので、もともと水俣病問題に課題意識があったというよりかは、純粋に「372分」という標準から逸脱した上映時間に“没入したい”と思って、わざわざ元旦に表参道まで行って鑑賞してきたわけです。

シアター・イメージフォーラムにて(2022年1月1日撮影)

--6時間強ってすごいですよね。映画3本分ですからね。

お尻は痛くなりますよ。

--お昼過ぎから見始めて、終わる頃にはもう子どもが寝る時間ですからね。

でもいざ鑑賞をしてみると、本当に素晴らしい作品で、たまにやってくるお尻の痛み以外は時間を感じさせない作りになっていました。そして、良い意味で「水俣病」というテーマへの“薄暗さ”を取っ払ってくれる作品だとも感じました。

--どういうことですか?

水俣病の映像作品って、イメージとしては症状の過酷さや法廷闘争の厳しさといった部分にフォーカスするものが多いでしょうし、今回の水俣曼荼羅ももちろん、ここの描写が半分ほどを占めてはいます。
でも、こういう大勢の人間が出てくるドキュメント作品では比較的レアなケースとして、水俣曼荼羅では患者さん一人ひとりにしっかりと時間をかけて、その方の人生を深掘っていくのです。

--結構珍しいですね。

映画館では「製作ノート」が販売されているのですが、その中に記された監督インタビューを読むと、「取材対象者を好きになることがポイントだ」みたいなことが書かれていまして、なるほど、このハートフルさは監督がもつ「愛の視点」に起因しているんだなと思いました。
例えば、作品ではあるご夫婦が登場しまして、そのご夫婦が何十年も前に新婚旅行で訪れたという温泉旅館でインタビューを受けるのですが、そこで監督から投げかけられる質問とそれに対する旦那さんの返答が、もう本当に素敵で、なんだか自然と涙が出てくるような素敵なシーンに仕上がっています。
当然、人によって印象に残る部分は違うでしょうが、僕としては、このご夫婦の年輪のようなコミュニケーションと、旦那さんからの心からそのまま出てきたような言葉が、この作品の大きな見所の一つなんだろうなと思った次第です。

--なるほど、長時間というハードルを超えてみる価値がありそうですね。
それはそうと、このメディアは「DX」がメインテーマなのですが、そのあたり、今回の話は大丈夫でしょうか?ちょっと映画の話が長い気がして…。

もちろん、最後にはしっかりとつなげていく、と言いますか、今回はどちらかというと「xDXというメディアの姿勢」みたいな話をしたいなと思っています。

効率性という金科玉条

実は、先ほどの水俣曼荼羅を鑑賞しているときに、作品の内容とは別に、ある違和感を感じていました。

--違和感ですか?

そう。本当に些細な話なのですが、「笑うポイント」が、僕と、両隣の人を含めた館内の複数名とで全然違ったんですよ。

--はあ。

例えば先ほどの素敵なシーンでは、旦那さんが天然のような発言をして、場がとても和むシーンが何個かありまして、僕の周囲の方々はそこでクスクスっと笑うわけです。微笑ましいという感じではなく(そういうニュアンスの方もいたと思いますが)、言った言葉そのものをギャグ的に捉えた雰囲気の笑いだと、僕は感じました。
でもそこって、本来的にはそのような笑いではなく、その人の与えられた境遇や仕打ちのようなものに鑑みて、どうにも味わい深く噛みしめるようなシーンだと僕自身は感じていたので、そこで想定以上の人数から「笑い」が発生したことに、随分と違和感を感じました。

--映画なんて、誰がどんな気分で鑑賞しても良いと思いますが。

本当におっしゃる通りで、そこで笑おうとが泣こうが、それ自体は本当にどうでも良いんです。どうでも良いのですが、実はこの違和感を感じたのはこの作品だけではなく、映画館に行くたびに大なり小なり感じていたもので、前々からその「現象」そのものについて考えていました。
言ってしまうと、表層的な事象をそのまま捉え過ぎだよな、という違和感です。

--この違和感は何なんだと。

そう。それで色々と本やら論文やらをゆっくりと調べたり読んだりしている中で、「現代人の情報処理スピード起因」という仮説に到達しました。

--どういうことですか?

僕たちは、特に社会に出てからは、常に「効率性」を重視することを学んでいきます。最も多くの知識を得るべき方法を予備校等で学び、単位取得という一定の条件に達するためのアプローチを大学で模索し、社会人になってからは、いかに端的に分かりやすくクライアントや社内メンバーに“ホウレンソウ”するかを追究します。そんな効率性や分かりやすさを金科玉条としてもてはやしすぎたことが、結果として「考える余白」なるものを奪い、結果として反射的に、表層的なメッセージしか取得できないような思考パターンに陥っているということです。

食事瞑想を通じて感じたこと

--「余白の設計」って、最近色々な場面で聞く言葉な気がします。

“余白”でも“遊び”でも良いのですが、要するに、「Aであるのは、すなわちBだからである」という分かりやすい話が溢れすぎているということです。

--「Aであるのは、BかもしれないしCかもしれない」ということですか?

パターンなんて無限にあるでしょうから、例えば「Aであるのは、BかもしれないしCかもしれない。あ、そういえばDという現象があって、それを考えるとEという可能性もあるな。そういえばEと言えば・・・」みたいに、別の話に没入していくこともあるでしょう。

--そんなことを仕事先でしていたら、上司やクライアントに怒られちゃいますよ。

まあ、怒られるでしょうね。「どっちなんだよ」と。

--じゃあ駄目じゃないですか。

別に、いきなりアウトプットしなくても良いじゃないですか。例えば自分の中で、一つの情報をゆっくりと咀嚼してみることから始めても良いと思いますよ。
例えば僕の話でいきますと、昨年末に知り合いが副住職を務める本照寺というお寺で開催された、丸一日の仏教入門講座なるものに参加してきました。そこで「食事瞑想」という、極限にゆっくりと食べる瞑想をしたのですが、それがもう本当に素敵な体験だったわけです。

常栄山本照寺(2021年12月26日撮影)

--瞑想って、よく聞きますが、ちょっと難しそうですし、即効性もなさそうだからあまり興味が湧きません。

何をもって即効なのかは分かりませんし、そもそも効果を求めること自体が超煩悩ではあるのですが、食事瞑想って、要するに食べる前からジッと目の前の食材に意識を向け、箸で持ち上げた食材をじっくり観察し、形状や匂いを感じ、口に入れても最初はしたの上で転がして舌触りを感じ、それからゆっくりと噛んで口に広がる香りや食感を感じて、最後にゆっくりと飲み込んでいきます。

--気が遠くなるほどゆっくりですね。普段は早食い人間なので、そんなに味わったことはないですね。

僕もそうなのですが、不思議なことに、時間の流れは意外と早いものです。当日は量が決して多くないヴィーガン弁当をいただくのですが、「30分経過しました」という副住職の声を聞いた段階で、僕はまだ弁当の4分の1程度しか味わっていなくて、その時に初めて「情報量が多いな」って思いました。

--弁当一つとっても、情報は多いと。

食事瞑想以外にも、座禅や歩行瞑想、写経といったことをやるのですが、いずれも「今ここにある意識」に集中するわけでして、1日体験が終わったタイミングでは、それなりに自分の感覚が鋭敏になっているわけです。お寺までは車で行きまして、普段はVaporwaveの音楽を爆音で鳴らしてノリノリになりならが運転をしているのですが、修行の帰りはあまりにも刺激が強いので、ブライアン・イーノのアンビエント音楽を流して帰ったというくらいです。

思考をショートカットすることの弊害

今のは随分と極端な例をお伝えしましたが、要するに、僕たちは普段、あまりにも多くの情報シャワーを浴びすぎているということです。結果、情報に受け身になりすぎるので、思考の幅も萎縮する。これについては、フリーライターの武田砂鉄さんによる書籍『わかりやすさの罪』(朝日新聞出版)でも、じっくりと考察がされています。

--SNSをはじめとするソーシャルメディアは生活の一部になっているので、ずっと何かしらの情報にアクセスしている気がします。

とにかく大量の情報に触れているので、考えなくなる。考えなくなるので、分かりやすいものに飛びつくようになる。勝手に丸められた分かりやすいものに飛びつき続けるので、思考そのものが雑になる。その結果、表層的な情報だけを取得するクセがついてしまい、映画内の分かりやすいポイントでしか笑えなくなるということが起きるということです。

--そういう因果関係の話なんですね。

冒頭の映画『水俣曼荼羅』についても、水俣病問題の事象を教科書的に情報取得するだけであれば、当事者のインタビューは不要なのかもしれません。でも、一人ひとりの言葉をじっくりと聞くことで、水俣病患者に対する一種の「想像力」が膨らんでいく。
昔、おじいちゃんの戦争の時の話をゆっくりと聞いたものですが、そのゆっくりと話を聞く時間って、決して無駄ではないよなと思った次第です。

--僕たちはいつの頃からか、話すトーン自体もスピーディーになることを求められている気がしますね。

作家の雨宮処凛さんによる書籍『コロナ禍、貧困の記録』(かもがわ出版)でも、この辺りの弊害について記述がなされていますよ。相模原障害者施設殺傷事件で入所者19人を殺害し26人に重軽傷を負わせた植松聖の例では、同じような「思考をショートカットすることの弊害」について言及されていますので、興味があればぜひ読んでみてください。

--やはり、既存の情報取得の仕組み自体が問題な気がしますね。

WEBマガジン「遅いインターネット」を主宰する宇野常寛さんなんかは、まさにそこに課題意識をもたれていて、読者の方に対して、情報の「読み方」と「書き方」の共有を行うというアプローチを行っていると、書籍に記載がなされていました。要するに、インターネットという基盤を前提にした「読み手の教育」から始めると。
世の中の事象一つ一つに没入する体験として、昨年創刊された雑誌『モノノメ 創刊号』はとても読み応えがあるので、こちらも個人的なオススメ書物の一つです。

2022年のxDXについて

議論があっちゃこっちゃ行きましたが、つまるところ、今お話ししたような姿勢でxDXも情報発信をしていきますよ、ということです。

--無理やり感が強いですね(笑)

どこかでお伝えしたいなと思ってはいたのですが、何かしらの区切りがないと、こういう話ってしにくいじゃないですか。思い切って年始コラムのテーマにさせてもらいました。
DXって、どうしても企業目線の情報が多いですし、そのような性質からか、「Aであるのは、すなわちBだからである」という情報が圧倒的多数を占めている気がします。今年のxDXでは、そうではなく、「Aであるのは、BかもしれないしCかもしれない。あ、そういえばDという現象があって、それを考えるとEという可能性もあるな。そういえばEと言えば・・・」という感じで、変な丸め方をせず、より没入感ある形で考察していく進め方をしたいと考えています。

--今年から少しコンテンツ内容が変わると。

詳細はまた1月下旬〜2月上旬くらいにアナウンスしますが、より「分かりにくさへの没入感」を強めることができるようなテーマ構成にしていく予定ですので、ぜひ楽しみにしていただければと思います。

--メディアのテーマを昇華していくという意味でも、元旦に水俣曼荼羅を観れて良かったですね。今年はぜひ、編集長コラムも定期的に発信していってください。

毎月はハードルが高いかもしれませんが、少なくとも2ヶ月に1本は配信していきたいと思いますので、ぜひお付き合いいただけますと幸いです。


文:長岡武司

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