【金泉俊輔】Web3で飛躍するメディア・人材の条件
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全3回でお届けしている、株式会社NewsPicks StudiosのCEO・金泉俊輔氏が語る「メディアのDX」。最終回はビックテックとマスメディアの関係、デジタルメディアの栄枯盛衰を振り返りながら、Web3で訪れるであろうメディアの未来についてお届けする。
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日本のメディアは今も「なんちゃってDX」の状態
――アメリカのビッグテックによるプラットフォームの支配は、多くの課題はあるものの情報の民主化が進んだメリットもあったと言えそうです。
金泉 もう引き返すことはできませんから、メディアとしてはビッグテックの支配下でどのようにDXを推進していくかが今後のカギとなりそうです。
ただ現状の日本メディア、新聞社や雑誌を手がけている出版社のDXが遅々として進まなかった要因の一つは、Yahoo!ニュースの存在にあります。
ビッグテックが支配する世界で、国産のプラットフォームをあげるとすれば、ヤフーになります。25年以上続いているプラットフォームであり、Yahoo!ニュースではユーザーに無料で記事を配信。ヤフーから各メディアに対しては、配信する記事に対して1PV当たりの単価が設定され、支払われます。報酬体系としては、メディアによっては年間数十億円になるケースもあります。
メディアとしては、記事を配信することで対価を受け取り、Yahoo!ニュースからのトラフィックバックという形で、自サイトへの流入もあります。このエコシステムは1997年に生まれ、全国紙では毎日新聞がYahoo!トピックスへのニュース配信を解禁し、その後に各社が追随していき、徐々に確立されていきました。
これらは下山進さんの『2050年のメディア』という著書に詳しく記されていますが、日本のメディアは今もヤフーへの記事配信による、なんちゃってDXの状態。本格的なDXとなれば、自前でシステムからメディアまで一から構築する必要があり、現状は手つかずのまま、20年以上が過ぎているメディア企業が多いです。
――ヤフーの存在は、メディアにとって非常に大きいですね。
そうです。2010年代初頭まではポータルサイトの全盛期で、ヤフーを筆頭にMSN、BIGLOBE、ニフティなどに、各メディアが記事を大量配信し、そのトラフィックバックを受ける時代が続きました。
ただ、そのエコシステムはPCベースで、2013年頃にはスマホ普及率が若年層で一気に伸び、アプリとSNSに移行していきます。ニューズピックスもその当時に生まれ、SmartNewsなどのニュースアプリもスタートしました。一方、既存メディアはアプリの開発負担の大きさなどもありから、従来のPCベースのエコシステムからの転換はなかなか進みませんでした。
デジタルメディアの栄枯盛衰が激しい理由
――2013年頃にスマホが浸透したのは、ひとつの転換点だったかも知れません。
日本でスマホがブレイクしたきっかけのひとつに、3.11がありました。地震発生時に電話が繋がらない一方、アプリの通信ができていたことから、TwitterやLINEが一気に普及し、電話を凌ぐコミュニケーション手段へと成長していきます。
ポータルサイトの全盛期後に、NAVERまとめやMERYなどのキュレーションメディアが乱立する時代もありましたが、WELQなどの問題が起こり、一時的なブームで終わります。
その後は、スマホの普及率の高まりとともに、SNSで記事を拡散する動きが生まれました。ニューズピックスもその流れに乗ったビジネスモデルですが、FacebookやTwitterのアルゴリズム変更の影響を受けやすい。ほかのニュース系サイトもSEO次第と言え、結果として、現在のメディアはビッグテックの支配下にある状況が続いています。
――一連の流れには、ブロガーのブームもありました。今後、どのような人材が伸びていくのでしょうか?
2000年代のブロガーから、2010年代はインフルエンサーになり、今はユーチューバーやティックトッカーとなっていますね。かつてはテキストでしたが、5Gの現在現代はスマホで簡単に撮影できるため、動画が主流となっています。
一方で、こうした大きな潮流の中で今後も変化は起こるはずですが、インフルエンサーやティックトッカーのような個人発信によるクリエイターエコノミーは伸びていきます。
それ以外で続くのは、ここまで否定的なことも言ってきましたが、実は約100年間続いてきた伝統的なメディア企業、さらにはそこで鍛え上げられた人材だと思います。
ーーそれはなぜでしょうか?
新興のメディア企業の寿命は短く、今でも雑誌の休刊よりウェブメディアの閉鎖の方が数は多い印象があります。
過去20年間を振り返っても、ウェブメディアは参入障壁が低い代わりに、経営もコンテンツ作りも過酷で、ビジネスとして継続するハードルの高さはひしひしと感じています。
――フジサンケイグループとニューズピックスに在籍したからこそ、思うところがあると。
そうですね。端的に言えば、メディアビジネスは儲からない。一方で、IT企業は儲けなければならないという違いがあります。
ただ、従来メディアにはコンテンツ作りの現場で人材をを育成する環境構造があるだけに、経営陣がDXを進められるかがカギとなります。ニューヨークタイムズがDXに成功し、有料購読者数で世界一になったように、日本でも日本経済新聞は紙の部数こそ減少していくものの、取材力とコンテンツを作るための長年の経験則があるので生き残れるはずです。世界一をニューヨークタイムズに明け渡した読売新聞も、経営者が世代交代したときは、DXで捲土重来を期すでしょう。
逆に、「世の中を変える」とまで言われたハフポストがバズフィードにサクっと買収されました。新興メディアの苦境は今後より鮮明になって来ると思います。
――従来メディアと新規メディアのビジネス上の課題はありますか。
日本経済新聞が好調と言っても、2021年12月期の売上高は約3,500億円で、営業利益は200億円ほどです。またメディア企業の利益率が基本的に低いのは、どこも共通しています。
一方で、IT企業は営業利益が20、30%以上なければマーケットから評価されません。実際、ヤフーは自社メディアを本気で作ればいいのに、やろうとしない。その理由は営業利益率が数%でもいいメディアとの違いから、採算が合わないのでしょう。そのため、これまでもいくつかメディアを立ち上げながら、ことごとく撤退してきました。ちなみに、ヤフーを運営するZホールディングスの2021年の売上高は約1.5兆円で、利益(調整後EBITDA)は約3,300億円です。
求められている利益率の違いから、自ずとメディア企業からIT企業へお金が流れてしまいます。メディア企業としても、Yahoo!ニュースに記事を配信し続けると痩せる一方です。
――太るヤフーと痩せるメディアですね。
まさにそうです。ただ、一番利益を吸い取っているのはどこかと言えば、やはりビッグテックのGoogleになります。
Googleは「我々はコンテンツを持っていない」と言いながら、YouTubeと検索エンジンで全世界からコンテンツを集めを吸い上げ、広告収入に結び付けています。テレビ局がYouTubeにコンテンツを配信していますが、ヤフーと新聞社の関係のようになる可能性は十分にあるでしょう。
Web3で訪れる、メディアのトランスフォーメーション
――最後に「Web3」の台頭で、メディアのDXはどのような未来があるのか聞かせてください。
Web3は非中央集権型のディセントラライズドな世界観なので、今まで以上に、より個人の発信力が強まるはずです。個人発信のクリエイターエコノミーは伸びていくでしょう。
実はWeb1.0も、反体制やヒッピー精神のあるプログラマーやハッカーやアントレプレナーシップのある個人やクリエイターが非中央集権型を目指してできたものです。日本では2ちゃんねるや、WinnyやWinMXといったP2Pはそういったマインドによって拡がっていきました。そして、Web2.0はインターネットユーザーを増やしていった功績はありますが、ビジネス面ではGAFAが総取りしていったのです。
個人のクリエイターエコノミー以外で、既存メディアができることとしては、知的財産権であるIPに注力していくこと。日本としては任天堂やソニーといったゲーム関連企業、メディアに絞れば集英社などが強みを発揮していきそうです。
すでに集英社は2021年5月期の決算で、『鬼滅の刃』と『呪術廻戦』の大ヒットに恵まれたこともあり、売上が2,000億円を超え、純利益は約437億円を記録しています。もはやメディアよりIP企業と見ることもできるでしょう。
そして報道機関は、今後も稼ぐのに苦労するでしょう。現に集英社や講談社、小学館といった出版社はIPを活用して稼ぐ一方で、ジャーナリズムや報道がビジネス全体に占める割合を軒並み下げていることがわかります。
――報道やジャーナリズムの今後としては、有名人の暴露ネタで話題を呼んでいる動画投稿者のような個人が、担い手となっていくのでしょうか?
暴露投稿は、まさに個人での活動ですからね。ただ、既存メディアで活動してきたプロのジャーナリストや書き手という個人の力も、より強くなっていきそうです。この前、私がMCを務める番組「HORIE ONE」にゲスト出演頂いた元日経新聞記者の後藤達也さんなどがそういった存在です。
組織としては、イギリスのベリングキャットのように、公開情報を分析して機密情報を探り出すような報道機関が増えていきそうです。
ベリングキャットはSNSに投稿された画像や動画など、誰もが目にすることができるインターネット上の情報を、既存メディアや一般人など外部と連携して分析する取材手法をとっていて、ブロックチェーン技術を活用したDAO(Decentralized Autonomous Organization)との相性の良さも感じさせます。ロシアによるウクライナ侵攻に関する調査報道でも世界的に注目を集めているだけに、今後はその流れも一層加速していくのではないでしょうか。
全3回終了
編集:山田 雄一朗
撮影:是枝 右恭
構成:鈴木 友