ステーブルコインはDXに向けた一丁目一番地か?金融の未来に向けた官民ディスカッション 〜超DXサミットレポート

ステーブルコインはDXに向けた一丁目一番地か?金融の未来に向けた官民ディスカッション 〜超DXサミットレポート

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2022年9月6日〜8日の3日間、日本経済新聞社主催の大規模カンファレンス『超DXサミット』(Super DX/SUM、読み方:スーパー・ディークロッサム)が開催された。

今回のテーマは「業種を超えて結合するDXが世界を変える」。これまで日経SUMシリーズでは金融や農業など、特定テーマを軸にカンファレンスを設計していましたが、今回は「DX」がメインテーマということで、金融や農業、エネルギーといったインダストリー軸以外にも、AIやIoT、ブロックチェーンなどのテクノロジー軸によるIT企業も集結し、境界・限界を取っ払った議論やネットワーキングが展開された。

本記事では、その中の「多様化するデジタル通貨と金融の未来 〜ステーブルコインの新法制などから見る地方創生、成長、新ビジネス」と題されたセッションの内容をレポートする。ステーブルコインについては、今年6月に参院本会議で改正資金決済法が可決・成立し、世界に先駆けた形でその流通の仲介を担う業者への登録制度が導入されるなどの規制が発表されたばかりだ。

これまでステーブルコインに比較的寛容と思われていた米国でも規制強化の動きがある中、今回の規制強化はイノベーションフレンドリーなデジタル通貨の発行・流通を後押しするものなのか。地方創生や金融の未来などの観点で、今後の展望と可能性が議論された。

  • 三輪 純平(リクルート プロダクト統括本部 シニアエキスパート)

  • 稲葉 大明(G.U.Technologies 代表取締役 CEO)

  • 近藤 秀和(G.U.Technologies 代表取締役 CTO)

  • 楠 正憲(デジタル庁統括官 デジタル社会共通機能グループ グループ長)

  • 関口 慶太(日本経済新聞社 編集 金融・市場ユニット フィンテックエディター)

セッション内容のグラレコ

※xDXでは、本セッションの様子をグラフィックレコーディング(グラレコ)でも表現しています。「記事を読む時間がないけど内容を知りたい!」という方は、サマリー情報として、ぜひこちらをご覧ください!

ステーブルコインは、ブロックチェーンが広がっていくための一丁目一番地

まずは民間における取り組み内容が紹介された。G.U.Technologiesが提供するウォレットアプリは、DApps対応のEthereum(イーサリアム)ウォレットとなっており、同じくブロックチェーンで構築された同社のWebブラウザ「Lunascap」と統合することでWeb3時代を見越した「Web3ウォレット」として開発を進めていると、同社CTOの近藤 秀和氏は説明する。

「Web3ウォレットの配布を進めていると、非先進国でのダウンロードが非常に多いことがわかってきました。そこでUSDCのようなドルにペッグしたステーブルコインが現場として使われているのではないかという風に推測しています。つまり、これからステーブルコインがくるという話ではなく、すでに世界ではステーブルコインで決済されているという現実がある中で、日本としてはどうしていくのかが大きなテーマだと考えています」(近藤氏)

様々な決済手段がある中で、なぜステーブルコインが必要なのか。これについて近藤氏は「スピーディーでトラストレスな決済がもたらす世界観」に言及する。

「ブロックチェーン上のステーブルコインというものは、プログラマブルにお金をプログラミングすることができます。たとえばゴルフの会員権を考えた場合、従来であれば紙で届出をして銀行振込を行うことで会員権の移転を行っていたわけですが、会員権をNFT化してステーブルコインとセットになることで、マーケットプレイスで売った瞬間にステーブルコインが手に入るという世界が実現されると考えています。また、会員権を売る相手が誰だかわからない中でも安心して取引ができるということで、トラストレスであることも大きな特徴だと考えています。これが、ブロックチェーンが広がっていくための一丁目一番地ではないかと考えています」(近藤氏)

また、リクルートの三輪 純平氏からは決済ブランド「COIN+(コインプラス)」の紹介がなされた。コインプラスとは、リクルートと三菱UFJ銀行の合弁会社(リクルートMUFG社)が運営している決済ブランドで、同社が運営するウォレットアプリ「エアウォレット」や無印良品が提供するアプリ「MUJI passport」などに搭載されている。

先ほどのG.U.Technologiesによるウォレットがブロックチェーンエースであるのに対して、こちらは非ブロックチェーンで構築されているもの。いわゆるデジタルマネーなのだが、ある種のステーブルコインの特徴も有していると三輪氏は説明する。

「いろいろな銀行様(2022年8月末時点で21金融機関と接続)と連携をしており、いわゆる銀行口座からエアウォレットの方にバリューを移転することができるという観点においては、銀行口座を裏付けとしてステーブルコインのような位置付けとして解釈することも可能だと思います」(三輪氏)

コインプラスを実装したエアウォレットの特徴として、三輪氏は「自由度の高さ」を挙げる。銀行などの金融機関の口座とのお金の出し入れをシームレスにし、かつエンドユーザーの決済手数料を無料にすることで、日々の決済はもとより、将来的には給与支払いや納税、行政からの給付、仕送りなどの行為がよりデジタルライクになることが期待でき、一種の「生活費口座」としての性格が強まることが想定される。また企業サイドの決済手数料も0.99%(税別)という業界最安クラスとなっているので、利用者と提供者の双方においてメリットがあるというわけだ。

「銀行口座でなかなか表現しきれない部分を、ウォレットおよびコインプラスというブランドを使って、いろんな決済ができるようになる世界を目指しています。お使いの銀行が異なる個人のウォレット同士でもやりとりができるので、実質、ウォレット間で銀行間送金と同じようなこともできます」(三輪氏)

不連続な成長を生み出す点において、非常に価値ある一歩だった

冒頭に記載したとおり、日本では今年6月に、ステーブルコインの扱いに言及した資金決済法の改正が可決・成立している。

ステーブルコインを扱うということは、大きく分けると「発行」と「仲介」のいずれか、またはいずれもを担うことになる。発行行為については、現行法においては為替取引に該当することから銀行・資金移動業者しか行えないことになっていたのだが、流通を担う仲介行為については、対応する法制が存在しない状態だった。

このような背景から、今回の法改正によって、発行および仲介を担う主体の射程を定めてルールを定めたことになる。先ほど「資金決済法が改正された」とお伝えしたが、改正法の正式名称は「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律案」ということで、厳密には、預金を用いたスキームに対応する電子決済等取扱業者や、未達債務スキームおよび信託受益権スキームに対応する電子決済手段等取引業者に関わる法律として、銀行法や犯罪収益移転防止法も改正対象に含まれている。

※各スキームの詳細等については、2022年1月に金融審議会・資金決済ワーキンググループより発表された報告資料をご覧いただきたい。また本改正のステーブルコイン箇所の詳細については、筆者が別媒体で取材したこちらの記事も併せてご覧いただきたい

本改正について、民間事業者はどのように見ているのだろうか。G.U.Technologies CEOの稲葉 大明氏は、「本カンファレンスのテーマである『業種を超えて結合するDX』に不可欠なパーツがステーブルコインである」と前提を伝えた上で、以下のようにコメントする。

「何をするにしても、価値が移転するということはそこに支払いが生じるわけで、即時決済・即時分配というプログラマブルなお金ができるということは、実はDXの一丁目一番地なのではないかと考えています。そういう意味では、課題となっている我が国のDXのミッションをクリアしにきたのかなということで、今回の法案は素晴らしいものなのかなと、私から見た角度では思います。これまでの連続となる成長ではなく、不連続な成長を生み出すというところにおいて、非常に価値ある一歩だったと感じます。これを金融機関がどのように活用し、私たちの手元に便益を送り届けてくれるかというところを、私たちはサポートしていきたいと考えています」(稲葉氏)

また、仲介の規制内容が明確になったステーブルコインがもたらすマーケットへの影響については、デジタル庁統括官である楠 正憲氏がコメントする。

「日本のルールというのは、基本的には1個1個の銘柄を調べて、交換所で扱えるかの精査を業界団体含めてやっていくというものです。ステーブルコインについても同じように、一つずつ審査をしていくことで、使えるものが出てくるかもしれないと、そのような流れにならざるを得ないかなと思っています。またマーケットへの影響については、どれだけニーズがあるかによると思っています。現状、たとえば分散型交換所での取引等には明らかにニーズがあると思いますが、モノの決済にどれだけ使われているかというと、なかなか実態が見えにくいところがあります。きちっと数字を見ながら議論をしていく必要があると思っていますし、どれだけ“お金と同じような使われ方をしているのか”については、決済速度やUIを見ながらしっかりと中身を見て実情を判断した方が良いと思います。
一方でウクライナなどの戦争中の国でステーブルコインが使われているという報道も一部あったので、マネーロンダリングとの関係でどう捉えていくべきかなども含めて、勉強していく必要があるとは思います」(楠氏)

では、今回の法改正をきっかけに、日本円ベースのステーブルコインが発行される可能性はあるのだろうか。これについて、リクルートの三輪氏は明言を避けつつ「間違いなくやりやすくはなっているので、銀行が本気でやろうと思えば発行できるだろう」とコメントする。

「ブロックチェーンはオープンな台帳に書き込んである種トレーサブルな取引を実現できることから、転々流通性(不特定の主体に譲渡が繰り返される性質)のあるデジタル通貨みたいなものを表現することはできると考えています。たとえば銀行みたいなプレイヤーがブロックチェーンも使ったプログラマブルに近いステーブルコインを発行することについては、やりやすくなっているとは思いますし、やれる範囲は広がっていると解釈しています」(三輪氏)

またG.U.Technologiesの稲葉氏は、先述した「不連続な成長」を受け入れつつ、中長期的にはZ世代のようなデジタルネイティブ世代のニーズに鑑みて「発行せざるを得ない未来がくる」と予測する。

バベルの塔のような“言葉の通じない世界”への懸念

当メディアでも報じたとおり、今年の骨太の方針で政府は「Web3.0」という表記を初めてその内容に盛り込み、Web3界隈の内外で大きな話題となったわけだが、このWeb3によってデジタル決済のイノベーション は加速するのだろうか。これについてデジタル庁の楠氏は以下のようにコメントする。

「ここについては、まだよく分からないというのが正直なところです。ビットコインが登場した時からずっとこの話題はあり、ビットコイン によって金融の自動化が進むのではないかと言われてきました。自動化と聞くと一見便利になると思うのですが、機械って、言われたことしかしてくれません。何かを自動化することで生産性が上がるか否かはケースバイケースで、決済を瞬時に実行してウォレットで動かせるようになるというのは素晴らしいことですが、たとえば何某かの理由で返品してチャージバックするとなった場合に、今のデジタルアセットではいろいろな制限があるわけです。つまり、自動化することによって大変になることもあるわけです」(楠氏)

楠氏が画像生成AI「Stable Diffusion」を使って描いた絵。なかなか意図通りの絵がアウトプットされず、結果として多大な時間をようしたことが説明された

ビットコインといえば、2010年5月22日に、ピザの売買が1万ビットコインでなされたという有名なエピソードがある。ここまでは良かったわけだが、そこから先では麻薬取引など様々なアンダーグラウンドな取引に関わり始めたわけで、「そのあたりから技術でなんでもできれば良いというものではないという悩みが出てきた」と楠氏は続ける。

「ブロックチェーンに主に携わっていた2016〜2017年において自分が何に期待していたかをよくよく考えると、今の金融を支える70〜80年代にできた古いシステムを、ひょっとしたら一気に新しくできるんじゃないかと考えていたわけです。ただ、ここ数年のブロックチェーンの変化を見て私自身が感じるのは、物凄いスピードでバベルの塔のように“言葉の通じない世界”になっていくのかもしれない、ということです。物凄い数のチェーンが出てきて、それぞれ方言がある中で、どちらがバベルの塔なんだろうと考えることがあります」(楠氏)

楠氏が画像生成AI「Stable Diffusion」を使って描いた絵の一つ

では、ここで全てをやめるべきかというと、楠氏は「中世の錬金術」を例に取りながら「そうではないだろう」と説明する。つまり、現代の知識をもって見れば錬金術そのものは不可能な概念であることは既知の事実であるが、錬金術のプロセスそのものを“無し”にしてしまうと、もしかしたらその過程で生まれた数々のイノベーションの種もなくなってしまう可能性がある、というわけだ。

「担保が明らかでないステーブルコインに対する社会的評価は非常に難しいのですが、定かでないから触らない方がいいのかと言うと、消費者保護の観点ではそのとおりだと思う一方で、イノベーターたちが必死になって何かを作るのを止めない方法がないかをしっかりと考えていく必要もあるとは思ったりもしています」(楠氏)

この楠氏の話に続く形で、G.U.Technologiesの近藤氏はWeb3の本質を「認証技術の分散化」と「決済とインターネットの融合」にあると説明する。

「今すぐにWeb3で何が起こるのかを想像するのは難しいと思いますが、これを国がきちっと規定したことがすごく大きいと思っています。少し前の状況でお伝えすると、暗号資産とブロックチェーンの違いもなかなか理解されない中で、銀行口座も開けないし、税理士に連絡をしても断られるという、本当にそんな世界でした。実は私はWebブラウザを20年前に作っていた経験があるのですが、そのころのインターネットの扱いがまさにそんな感じでした。誰がインターネット上でクレジットカード決済なんてするものかと。10年20年のスパンでは空気のように使っている世界になると思っていて、我々は技術のインフラを作っているのですが、法的なインフラも整備されてくることで、ある瞬間にカンブリア紀のように爆発すると思っています」(近藤氏)

これからの時代、国際的な連携がますます不可欠になる

ステーブルコインの国際動向で考えると、今年5月に「テラUSD(LUNA)」と呼ばれる無担保型ステーブルコインの暴落を想起する方も多いのではないだろうか。この件を受けて、アメリカでは銀行並みの規制を課すという骨子を出して規制強化に向けて動いているわけだが、このような規制を受けてもステーブルコインは生き残れるだろうか。

これについて近藤氏は「もちろん生き残るし、場合によっては今よりも使いやすい形になるだろう」と予想する。

「我々から見ると、LUNAは裏付けのアルゴリズムがめちゃくちゃなのでステーブルコインですらありません。早い段階でLUNAのことは知っており、ポッドキャストなどで我々は『どう考えても崩壊する』と話していた中で、結果として4兆円ものお金を集めてしまいました。ステーブルコイン全体の発行額が20兆円ほどなので、4ヶ月ほどで4兆円が集まって無くなったということで、とてつもないインパクトを世界に与えたと言えます。まさにあれは、規制がないことに起因していると思っており、消費者保護と使い勝手のバランスを整えることができるのであれば、非常に普及して皆様の生活がより便利になると確信しています」(近藤氏)

最後に、デジタル庁の楠氏は同様の質問に対して「残るとは思うが、他にも考えるべき課題もある」と説明する。

先述の近藤氏のコメントは主に「価値の裏付け」についての内容だったが、それ以外にもプライバシー管理や鍵(秘密鍵)管理の問題なども存在する。後者については、たとえばスマートフォンに内蔵されているような“鍵を安全に管理するためのチップ”などの技術が存在するが、それを事業者として扱うためには、スマホのOSを提供しているベンダーとのパートナーシップが不可欠になるし、対応しているアルゴリズムが暗号資産のそれと異なるケースも多々あることが想定される。

「いろんなイノベーションやトライアルが進み、クロスボーダーで使われるものとして存在し、その上でいろいろな事件なども起きています。世界は大変広くて、消費者にとって必ずしも安心して使えるものとなっていなくても、便利だから使いたいというニーズも沢山あります。これまでは国境の内側でルールができていた時代だったわけですが、インターネットが普及していろいろなものが国内に入ってくるような現代においては、マネーロンダリング含めて国際的に連携していかないと、ルール作りひとつままならないことになるでしょう。本当に難しい時代になってきたのかなと思います」(楠氏)

取材/文:長岡武司
グラレコ作成:えの季

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