効率化だけが論点ではない。AIによる「特許DX」に向けた専門家ディスカッション 〜超DXサミットレポート
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めざましく発展を遂げるAI技術は、既存の常識を変える力を持つテクノロジーだ。AIによる自動化やデータ分析はもちろんのこと、近未来においては「AIが発明を考える」ことも現実味を帯びている。
こうしたなか、2022年9月6〜8日にかけて行われた「超DXサミット (Super DX/SUM)」では、「AIが発明を考える時代 ~特許DXが日本を元気にする~」をテーマにしたセッションが開かれ、特許DXの可能性について議論がなされた。
経済産業省は2022年3月に、弁理士の主たる業務である特許書類の作成にAIを用いることを「適法」と判断。こうした事例の先には、AIが発明を考える時代が到来し、企業の知財戦略も大きく変わってくるのではないだろうか。
今回はセッションの内容についてレポートしていく。
白坂 一(AI Samurai 代表取締役)
山田 敦(日本アイ・ビー・エム IBMコンサルティング事業本部 執行役員 兼 技術理事 AIセンター長)
荒井 康昭(太陽インキ製造 技術開発部 基盤技術開発課 シニアエキスパート 弁理士 特定侵害訴訟代理)
濱野 敏彦(西村あさひ法律事務所 弁理士・弁護士)
渋谷 高弘(日本経済新聞社 編集局総合解説センター 編集委員)※モデレーター
日本の特許出願数は世界から遅れを取っている
まずは自己紹介を兼ねつつ、「特許DX」に対する考えのイントロダクションが、各登壇者よりなされた。
日本アイ・ビー・エムで執行役員 兼 技術理事 AIセンター長を務める山田 敦氏は、IBM基礎研究所の研究者として約10年ほど従事。その後はサービス部門のデータ・サイエンティストとして約10年のキャリアを歩んできた人物だ。現在は同社のAIセンター長として日々業務にあたっている山田氏だが、「データとAIの力で、日本企業を再び世界で輝かせる」ことを目指しているという。
日本の現状を「DXのスイッチを入れた状態」だと分析する山田氏は、ここ2〜3年で多くの企業が「〇〇DX」を掲げて推進してきていることに言及しつつ、AI特許に関する考えを次のように述べる。
「私はAIについて『コンピュータが耳元で“こうしてみたら?”とささやいてくれるもの』だと、よく言っています。仕事の困りごとなどあらゆる業務に使えるので、本日のテーマである特許出願も例外ではないと思っています。また、私自身も研究者だったので、特許出願までの時間が短縮されるのは非常に喜ばしいことであり、論文執筆あるいは研究の上市などへの早期の着手、さらに最終的には企業の競争優位性につながると考えています」(山田氏)
今後は特許における検索の効率化や自社技術の活用先の探索、シーズの発掘など、特許ライフサイクル(アイデア創出から活用、譲渡まで)のさまざまな局面でAI活用が期待されるという。
これに対して「日本の特許出願が世界から遅れていることを非常に危惧している」と語るのは、AI Samurai 代表取締役の白坂 一氏。
2000年代には「知財立国」と言われたほどの日本が、ここ最近は特許出願において大きく世界から引き離されている状況を説明した。また、全体の特許出願数の約8割を大企業が占めている。つまり、中小企業の特許出願が少ないのも日本の特徴だという。
こうした状況下では、AIを使って発明を考えたり特許出願をしないことには世界に追いつけないのだが、それに対してこれまでは「弁理士法第75条」が大きな壁となって立ちはだかっていたという。
弁理士法 第75条とは、要するに、特許権・実用新案権・意匠権・商標権の手続き等に関する業務を弁理士のみに限定して許可するというもの。この法律によって、コンピュータがどこまで書類作成に関与していいのかがグレーゾーンだったわけだ。
だが冒頭にも記載した通り、「弁理士の監督下では弁理士法違反とはならない」という見解が、経済産業省のグレーゾーン解消制度によって示された。具体的には、「書類作成行為に弁理士が関与することが確実に担保されるよう、十分かつ客観的な制度的・運用的手当を講じている限りにおいて、当該書類作成行為は弁理士法違反に該当しないと考えられる。(一部抜粋)」とされたのだ。
AI Samuraiのシステムは、「従来の基準特許と言われる基本になるものと、発明の枝のような実施例をコンピュータに入力する流れになっている」と、白坂氏は説明する。
「例えば自動運転の発明に大手日本メーカーの内容を入れると大手日本メーカーの特許っぽくなりますし、ゲーム関係の特許を入れれば自動運転の発明にゲーム感覚を含んだ発明になります。これまではひとつ考えたアイデアをひとつの出願で書くというスタイルでしたが、コンピュータを活用することで、ひとつの発明から多出願が可能になるわけです」(白坂氏)
大企業が発明を10個考えても、重要そうなものだけをピックアップしたり、予算の関係でひとつだけにしようという議論がよく起こる。このように、今まで捨てていた特許も「AI Samuraiのシステムを使えば、特許出願の後押しにもなる」と白坂氏は強調する。
「他にも、AI Samuraiには『AI審査シミュレーション』という機能が備わっていまして、特許が取得できる可能性をA〜Dの4段階で評価できるようにもなっています。このようにAIによって特許出願のサポートができるようになると、図にあるように、会議をしながらその場で検索をしたり、場合によっては特許資料の作成まで並行して行うような、そんな新しい発明会議のあり方が実現すると考えています」(白坂氏)
特許検索にかかる工数を削減し、そのぶんをアイデア創出に充てることに期待
太陽インキ製造に所属する荒井 康昭氏も、「白坂さんと同様に日本の特許出願件数の減少に懸念を抱いている」と述べる。
「10年前と比較して、日本の年間特許出願件数が減少してきていて、その原因は出願人による特許出願の厳選等が指摘されています。このような課題があるなか、AIを活用することによって、特許検索にかかる工数を削減し、そのぶんをアイデア創出に充てることができれば、特許出願件数が増やしていけるのではと考えています」(荒井氏)
日本の特許出願件数は2年連続で30万件を下回っている一方で、特許登録率や出願審査請求率は増加している。この傾向はまさに出願人による特許出願(権利化)の厳選が進んでいることがうかがえるという。
太陽インキ製造では10年前と比べて特許出願件数は増えており、知財活動への取り組みとしては従来の特許出願までの流れを踏襲しつつ、特許検索のフェーズでAI Samuraiを活用し、機械判定によって人的な労力削減を実現しているそうだ。
「AI Samuraiを活用することで、およそ83.3%ほどの工数削減につながり、かつ操作性にも優れているので、発明者も積極的に特許調査を行うようになりました。そのため、今後は出願件数の量に加えて質の向上にも寄与することが期待できます。一方で、抽出された先行文献の内容が妥当ではない場合もあったので、AIに全て頼らずに目視するなど、しっかりと確認することが大事になってきます」(荒井氏)
西村あさひ法律事務所の濱野 敏彦氏は、大学・大学院時代にニューラルネットワーク(以下、ディープラーニング)の研究室に所属。AI技術に精通したバックグラウンドを持つ人物だ。
そんな濱野氏は、近年のAIに関する記事全般について、技術的観点に立った客観性が含まれていないと言及する。たとえば、以下の短い文章を考えてみても、「AI」や「学習」、「賢くな」る、「自ら」、「判断する」などの言葉を全く説明できていない。
たとえば「学習」という言葉は、この場合は「人間が設定した答えに合わせて分ける処理が中心」であると言え、また「賢くな」るとは、「分ける処理を行えるようになる」ことを指すことになる。一方で「自ら」というのは誤りであって、コンピュータはあくまで人間が設定した通りに動くだけなので、自律的に何かをすることは無いと、濱野氏は説明をつづける。記事で記載されている内容は比喩的なものが多く、正確な内容については伝わっていないというわけだ。
また、同氏はAIの概念整理についてもこのように説明する。
「一般的にAIの中心的なものが機械学習であり、その中にディープラーニングが含まれている図をよく目にすると思います。ただ、色々な仕事をしていくなかで、この図は誤解を招きやすいと思うようになりました。この図だと、機械学習の中のディープラーニングと、それ以外の部分が同じ機械学習の枠内にあるゆえ、似ているように見えてしまう。でも実際には技術的にも歴史的にも全く異なっています」(濱野氏)
ディープラーニングは、人間の神経細胞を模したモデルを作り、それを用いてコンピューターの処理を行うことで、新たな発見や気づきにつながるような「思い切った試みだ」と濱野氏は説明する。対してディープラーニング以外の機械学習は、主成分分析やロジスティック回帰、ベイズ推定などのデータ分析を通していいパラメータを得ていくものであり、両者は全く違うものだという。
「機械学習と言ったときには、この中のどれであるかを考えることが、一番大事だと思います」(濱野氏)
なお、先ほど例示された文章のAIをディープラーニングと捉えた際のリライト文章案が、コーナーの最後で紹介された。
(修正前)
AIに、各100枚の犬、猫、ウサギ、ネズミの画像を学習させると、AIが賢くなり、新たな画像がどの動物であるかを自ら判断することができるようになる。
↓
(技術的に客観的に記載した場合)
各100枚の犬、猫、ウサギ、ネズミの画像について、それぞれ対応する数値を定め(0、1、2、3)、各画像が入力された際にそれぞれの数値になるように大量の数式の計数の値を調整することを繰り返すと、新たな画像についても、各動物に対応する数値を示す。
AIによるDX推進で重要なのは「骨太ユースケース」を押さえること
ここからはスピーカー同士で質疑応答及び意見交換が行われた。
まず西村あさひ法律事務所の濱野氏からは、日本アイ・ビー・エムの山田氏に対して「AIやクラウドを担当者が進めようとしても、法務や経営層の知識不足から『なんとなく不安だ』という漠然とした回答しか得られず、なかなか進まないケースをよく見る。そういったときにお客様へどのように説明しているか」と質問した。
これに対して山田氏は、「重要なのは経営者とユーザー双方のステークホルダーを納得させることだ」と話す。
「経営者の関心ごとは『どのくらい儲かるか』なのに対して、ユーザーの関心ごとは『自分たちの仕事が楽になるのか』です。どちらに寄ってもいけないので、両方を説得する必要があります。基本的に、AIの結果は100%というものがあり得ないので、失敗したときのリカバリーはどのようにするのかを論理立てて、経営層に説明することが重要です。一方でユーザーの方は、例えばポストイットでアイデア出ししていたものが、機械学習のロジックを用いて具現化されることで、自分の思いがスピーディーに反映されることに価値を感じてもらえるような、そんなアプローチを行うことだと思います」(山田氏)
続いて、AI Samuraiの白坂氏は太陽インキ製造荒井氏に向けて「最近はオープンイノベーションが多く行われているなか、会社における既存領域から新しい領域へシフトしていく際に、AIの調査を用いることで異なる視点につながったりするのか」との質問を投げかけた。
これに対して荒井氏は「特許出願の戦略は変わってくると思っている」と説明する。
「例えば、既存領域と他業種領域を比較すると、当然ながら自社と他社の特許の質と量のパワーバランスも違いますし立ち位置も違うので、自ずと特許出願の戦略は変わってくるのかなとは思います。ただ、戦略の違いに応じて活用するAIソフトが変わってくるみたいな知見は今のところありません。今後は各ケースに適合したAIソフトが出てくることを各ソフトメーカーに期待したいと思っています」(荒井氏)
同じく白坂氏から、今度は山田氏に対して、「IBMはいろんなAI領域の事業を手がけているが、どの領域が一番売上が高いのか。また、売上はそこまで高くなくても、会社全体や世の中に対してインパクトが大きい領域は何か」という2点について質問がなされた。
これに対して山田氏は「特にこの領域が特出しているといったものはなく、重要なのは“骨太ユースケース”だ」と意見を述べる。
「骨太ユースケースとは、要するに経営に直結しているユースケースのことです。ひとつの例ですけれども、うちの会社には10年以上前からDX室みたいなものがあるんですが、当時の社長から『うちの会社にいる何万人もの営業職の人をどういう風に最適配置したら売上が最大化するか考えてみて』と言われました。まさにそういうものだと思っています。よくあるのが、現場からの小粒なユースケースを拾ってきて、結局ROIが出せないということです。そのやり方も否定はしませんが、結構時間がかかってしまうので、骨太ユースケースをしっかりと押さえにいくのが重要だと捉えています」(山田氏)
AIを導入しても100件に1件の大事な契約書に気づけなければ意味がない
ここで、モデレーターを務める日本経済新聞社 編集委員の渋谷 高弘氏から問題提起がなされた。
昨今では弁護士がAIを使って契約書チェックを行っているわけだが、白坂氏と同じようにグレーゾーン解消制度で法的な解釈で判断を仰いだところ、違法になるという回答が最近なされたという。詳細はこちらにある通り、「AIによる契約書等審査サービスの提供」における弁護士法 第72条の適用の有無に関する内容だ。
この点についてAI Samuraiの白坂氏は、西村あさひ法律事務所の濱野氏に向けて、「弁理士の人によく『これからどんどん仕事が奪われる』ということを相談されることが多い。こういった観点に立てば、弁理士や弁護士にとっては半ばうれしいことかもしれないが、この点についてどう思っているかお聞きしたい」と質問をした。
これに対して濱野氏は、「AI Samuraiさんの場合では違法性がないと出ていますけども、絶対とは書いていない」と前提を伝えつつ、以下のとおり回答した。
「AIが弁護士のようなアドバイスや契約の判断をする場合も絶対もだめでは書いておらず、あくまで違法になる可能性があるということです。その点を踏まえてお話させてもらうと、弁理士の業務範囲としては書面を書く出願代理業務が主だったものですが、弁護士はさらに法的な判断ができるために業務範囲が広いです。なので、弁理士が特許出願の書類を書く際に、何か補助的なソフトウェアを使うのは適法であるというのはむしろ当然だと思っています。それに対して、弁護士がコンピュータを使って『この契約書は間違いです』といった判断をするのが違法だと言われるのも至極真っ当だと捉えています」(濱野氏)
濱野氏はわかりやすい例えとして医者を挙げて、こう話を続ける。
「医者は自分で患者の病気を判断し、処方箋を出します。でも、医者がコンピュータを使って患者の症状を特定し、風邪だからと薬を出すのは倫理的な問題以前に法律上できないことです。なぜなら、その医療行為は医者しかできないからです。ただ、医者が自分で症状を判断する上での助けにするために、いろんな測定データを分析するのは、当然ながら認められているわけです。
これは弁護士についても同様で、契約書に対してちゃんとしたものかどうか判断することはできませんが、例えば契約書を書く上で不足しているものをアラートして出すなど、弁護士が作業する上でAIが補助的に処理するということを、グレーゾーン解消制度に出せば問題ないという方向性になると考えています」(濱野氏)
もしAIで全てを処理する場合は、あらゆる前提条件を踏まえた上で判断できなくてはならず、「今の技術ではできない」と濱野氏は述べる。
なお、モデレーターの渋谷氏は最後に「AIを使った契約書のチェック機能は、顧問弁護士がいない中小企業にとって大変有用性が高い」とした上で、「弁護士がいない場面におけるAI活用の有用性」について、引き続き濱野氏に質問した。
これに対して同氏は「効率化もそうだが、100件に1件の大事な契約書に気づけないと意味がない」と答え、セッションを締めくくった。
「AIで99%正しくても、一番大事な契約で失敗したら元も子もありません。特に中小企業で大事な契約を間違えたら潰れるリスクもあるでしょう。そのため、個人的にAIはあくまで補助だと考えるべきだと思っています。先ほども言いましたが、契約というのはその前提事実によって変わります。例えば、これまでの100件と比べて自社の次の1件が必ずしも既成のものになるとは限らない。補助的な道具としてAIを使い、最後に本当に問題がないかチェックすることが大事になってくるでしょう。
また大企業にとっても、100件に1件の大事な契約書だということを判断する能力を、法務部の担当者に身につけさせることが重要になります。AIで効率化ばかり考えることはやはり、そういった能力の習得に足かせになってしまうのではと感じています」(濱野氏)
取材/文:古田島大介
編集:長岡 武司