「ファンシーDX」を推進しても意味がない。DX実践者らによるOMO戦略談義 〜超DXサミットレポート
目次
デジタル庁が発足して1年余り。日本が目指す「Society5.0」の実現に向けて、社会全体のデジタル化は着実に進んでいる。
同庁が掲げる「誰一人取り残されない、人にやさしいデジタル化」を軸に、行政や国民向けサービスのDXに取り組み、来たるべき未来のデジタル社会を構築しているような状況だ。
2022年9月6日から8日まで行われた「超DXサミット (Super DX/SUM)」では、「Society5.0の実現に向けたOMO戦略の考察 ~ラストワンマイルを繋ぐテクノロジーの勘所~ 」と題したパネルディスカッションが開催され、各界を代表する有識者らがDXの推進に必要な裁量や、テクノロジーの力で産業構造や生活者の行動を変える勘所などについてクロストークが実施された。
飯田 恭久(JPデジタル 代表取締役CEO 日本郵政 執行役・グループCDO 兼 執行役員)
岡田 陽介(ABEJA 代表取締役CEO 兼 創業者)
柳田 晃嗣(みずほフィナンシャルグループ 執行理事 兼 リテール・事業法人カンパニー 副カンパニー長)
山本 真人(メルペイ 代表取締役CEO)
大久保 光伸(デジタル庁 ソリューションアーキテクト)※モデレーター
自分の言葉でDXを説明することの大切さ
最初のテーマは「DXに取り組む目的や企業理念」について。各スピーカーがディスカッションを行った。
メルペイ 代表取締役CEOである山本 真人氏は、モバイルコンピューティングやクラウドサービス、フィンテックなど、新しいテクノロジーをどのように広げ、いかに利便性を作っていくかというなかで、仕事に携わってきた人物だ。
同氏は「インターネットやモバイルが出てきた頃からデジタル化という概念はあったが、単純にデータを可視化するようなものとDXは大きく異なっている」と話す。
「DXにはトランスフォーメーションという単語が入っているのが重要だと思っていて、単にデジタル化するだけでなくサービスを使う利用者の生活の利便性や行動、考え方などが変化させていくことこそ、DXの本質だと捉えています。キャッシュレス社会は、ここ数年で随分と浸透してきましたが、メルカリグループでは図のような『循環型金融』の構築に向けて尽力しています。単純な決済のデジタル化というところから、生活における行動様式の変化を生み出せるようなところまで持っていくためのDX推進を行っています」(山本氏)
続いては、JPデジタル 代表取締役CEOであり、日本郵政の執行役・グループCDO 兼 執行役員でもある飯田 恭久氏。JPデジタルとは、2021年7月に設立された、日本郵政グループを横断するDXの推進を担う会社である。
郵便局は全国に約24,000あり、日本郵政グループ全体では約40万人の社員が働き、1日当たりの郵便物の配達箇所は全国で約3,000万箇所に上る。国営の時代から、15年ほど前の郵政民営化を経て今に至るまでの過程を見ても、「郵便局のDXって難しいことですよね?」とよく言われるという。
そんな飯田氏は「デジタルは手段であり、我々がすべきことはトランスフォーメーションすることで新たな価値をお客様へ提供することが使命だと思っている」と述べる。
「お客様と言うと、ターゲティングやコアユーザー層などのようなマーケティング視点で考えがちですが、我々にとってのお客様は全人口なんですね。この国で生活する全ての方々がお客様であり、ご高齢の方が求めるサービスと、若い方が求めるそれとではニーズが異なってくるわけです。これを一気にDXで変革していこうというのは相当難度が高いのですが、今一度お客様視点に立って郵便局の提供価値、体験価値を追求していくことが問われていて、その手段としてデジタルがあるわけです。
私が日本郵政グループにジョインしたときに、デジタルの力で省人化を図る役目を担うと思われていたんですが、そうではないよと。郵便局の良さというのは、全国津々浦々で働いている社員であり、毎日郵便物を届ける配達員の方々です。今のデジタル技術を使って、現場で働く社員の業務効率を上げていこうというのが、DXの狙いになっています」(飯田氏)
日本郵政グループという巨大な組織の中で、迅速に機動力を持ってDX施策を推進していくとなると、かなり大変であることが想定される。それゆえ、DXの実行部隊を担う子会社のJPデジタルを立ち上げたのである。
「お客様のためにデジタルを活用する。そして、我々の働き方やお客様への提供価値を変革していくことを胸に取り組んでいて、現在は全国にある支社を行脚しながら、“自分の言葉”でDXについて説明しています。長い道のりにはなると思いますが、『郵便局が使いやすくなった』と言ってもらえるように粛々と前へ進んでいければと考えています」(飯田氏)
ABEJAが大切にする「テクノプレナーシップ」
ABEJA 代表取締役CEO 兼 創業者の岡田 陽介氏は、10年にわたって経営に携わるなかで「ゆたかな世界を、実装する」という重要なフィロソフィーを掲げ、「実装という言葉にあるように、実際の社会に適合していくことがすごく重要だ」と思いを語る。
「このフィロソフィーを実現するために、弊社で大切にしているのは『テクノプレナーシップ』という概念になります。テクノロジーの進化はもう後戻りはしないものなわけですが、それに見合った社会を作る必要性も同時に生じてくるわけです。そのような社会を作るにはリベラルアーツが必要不可欠ですが、加えて持続可能なビジネスの仕組みを作っていくアントレプレナーシップと、イノベーションを加速させるテクノロジーも兼ね備えないとうまくいきません。こうした考えのもと、テクノプレナーシップを大事にしながら事業づくりを行っています」(岡田氏)
ちなみに、ABEJAと聞くと「リテールをずっとやってきた会社」と言われることがあるが、昨今では売上の大半が“プラットフォーム”にシフトしており、名実ともに「DXプラットフォーマーカンパニー」になってきている状況だ。
同氏は、昨今増えている「DevOps(Development and Operations)」の考えを引き合いに出しつつ、「まさにDXもDevOpsと同じようなものだと感じている」と話す。
「よく企業様から『システムを変えてくれ』というお話をいただくのですが、変えた後に運用しないと結局は何も変わらないわけです。DXでは、基本的に何かを変えた後はしっかりと運用していく土台が肝になると思っています。弊社の提供するABEJA Platformは『デジタル版のEMS』を掲げており、弊社が有する最新鋭の製造機械や製造ノウハウなどをもとに、プロセスを全て請け負わせてもらう形態を取っています。企業が一からデジタル化を図ってトランスフォーメーションさせていくには、莫大な費用がかかってしまうところを、我々の方でフルカスタマイズしながらサポートさせていただくサービスをご提供しています」(岡田氏)
最後は、みずほフィナンシャルグループ 執行理事の柳田 晃嗣氏。数年前まではAmazonでスマートスピーカーのビジネス推進を担っていた人物だ。2年ほど前に金融業界へと転職してきたことから、非金融の目線で日々の「DXの可能性」を捉えていると言う。
「私は金融業界の外から入ってきた身なので、『金融=難しい』という思いがありました。つまり、難しいと思われているのを、いかに『難しくない、煩わしくない』と思ってもらえるかが、金融機関が果たすべきDXだと個人的には考えています。DXによって時間や場所の束縛から解放されたり、標準品ではなくパーソナライズされた金融商品の提案ができたりすれば、老若男女、個人法人問わずに世界中からアクセスできる全てのユーザーの方に、金融サービスを提供することができると考えています。創業者の一人である渋沢栄一が『目的には理想が伴わなければならない。その理想を実現するのが人の努めである』という名言を残しているように、DXにも明確な目的が必要になってくるでしょう」(柳田氏)
DXのラストワンマイルに加え、ファーストワンマイルも難度が高い
続いては「DXの取り組みやOMOを支える仕組みの紹介」をテーマに意見交換する場となった。
メルペイの山本氏は、まずはキャッシュレスの目線からDXを説明する。そこでは、ラストワンマイルならぬ「ファーストワンマイル」の難しさが強調された。
「DXは『ラストワンマイルをどう繋ぐのか』というところがとても大事になりますが、意外とその前段階のファーストワンマイルも難しいと感じています。
DXを進める軸としては『浸透するための仕組み』と『変化させる仕組み』の2つがあると考えていて、メルペイでは前者を行っているのですが、キャッシュレスのファーストワンマイルとして、最初にアプリをダウンロードし、次に銀行口座を紐付け、銀行のお金をチャージするプロセスが、まずは大きなハードルになっています。我々は、メルカリでモノを売ったときに手に入る売上金を『どこでも使えるようにしますよ』という形でメルペイを使えるようにしていて、最初の段階で入金されていれば、メルペイを使う動機にもなるわけです」(山本氏)
また、もうひとつの新しい取り組みとして、暗号資産の購入や資産運用ができる機能も開発しているという。
「暗号資産についてもファーストワンマイルの難度が高いわけですが、メルカリで得た売上金の一部を暗号資産で受け取ったりすることができれば、ハードルが若干下がるのではないでしょうか。いかにしてファーストワンマイルの段階で使う人を増やせるかに注力した事例を紹介させていただきましたので、ご参考になれば幸いです」(山本氏)
JPデジタルの飯田氏は「ラストワンマイルという視点で言えば、日本郵政は最もお客様との接点を持っている組織だと思う」と持論を展開する。
「我々が目指している姿は、郵便局だけをやるのではなく、共創のプラットフォームを作ることです。郵便局のネットワークを他の組織・企業にもご活用いただいて、お客様とのタッチポイントを増やすきっかけを作れたらと考えています。メルカリさんのユーザーが荷物を郵便局に持ってこられて、我々の配達員が運ぶというのはとてもいい例になっていると思っていて、こうした取り組みをどんどん増やしていけるよう努めてまいります」(飯田氏)
これに続く形で、みずほフィナンシャルグループの柳田氏からは、同社のモバイルアプリのプロダクト改善事例が紹介された。
「みずほには以前からモバイルアプリがあったのですが、その使い勝手が悪かったこともあり、UI/UXの専門チームを立ち上げ、プロダクト改善してきました。お客様のことを徹底的に考えながらプロダクト改善を重ねてきて、ようやく今年4月にアップデートしたアプリが完成し、2021年度のグッドデザイン賞を受賞させていただきました。お客様が直感的に使いやすくユーザーフレンドリーなアプリを目指し、今後も進化させていければと思っています。
また、直近の7月には『みずほJCBデビット』という一体型のキャッシュカードの取り扱いを始めました。お客様のニーズを的確に捉え、それをデザインやサービスに落とし込むことはとても大事なことであり、今年の3月にはGoogleとの企業アライアンスを結び、パートナーシップも強化しながら、みずほフィナンシャルグループのDXをどう推進していけばいいか考えていく予定です」(柳田氏)
実質的にリアルに紐づいた形で何をやるのかが大事
ABEJAの岡田氏は「お三方の話を聞いていると、全部DXがリアルに紐づいていると感じた」と各登壇者の意見に対する感想を述べた。
「DXはふわっとしたデジタルの話よりも、実質的にリアルに紐づいた形で何をやるのか、お客様の目的はどのようなものかという点に着目するのが重要なんだなということを、あらためて感じました。また、私自身が那須塩原市のDXフェローという役職をやらせてもらっており、地方の自治体DXにも携わっています」
那須塩原市がDXをやる目的としては以下の3つがあるという。
・市民サービスの向上
・市役所で働く職員の生産性向上
・観光客に対する提供価値の向上
そこでは「単にWebサイトを構築するようなDXでは意味がない」と岡田氏は伝えているそうだ。
「自治体の中にDXの組織がない、推進できる人材がいないといったところが、非常に大きな問題だと思っています。DXの組織を作ることや人材を外部から集めにいくことを含めてやっていかないと、結局絵に描いた餅のような“ファンシーDX”になってしまいます。戦略と組織と人材が連鎖的に重なることで、リアルとデジタルが繋がってデジタルトランスフォーメーションが完了するというのを、本日のセッションですごく学べせてもらいました」(岡田氏)
これに対して最後に、モデレーターを務めるデジタル庁の大久保氏がラップアップして、セッションは幕を閉じた。
「我々デジタル庁も『デジタル田園都市国家構想』を掲げていますが、図の点線で囲っている箇所が一番重要なことだと捉えています。アプローチとしては、最終的に目指す目的からバックキャストしたアーキテクチャの設計と、着実な実装に向けたフォアキャストによる普及施策の両輪で進めています。今後もみなさまがデジタルの恩恵を受けられるように尽力してまいりますので、引き続きよろしくお願いします」
取材/文:古田島大介
編集:長岡 武司