世界中のZ世代に寄り添うVTuber「Tacitly」。NTTコノキューが進めるIPファースト戦略を探る

世界中のZ世代に寄り添うVTuber「Tacitly」。NTTコノキューが進めるIPファースト戦略を探る

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VRやAR、XRといった技術が発展し、さらにはメタバースというバーチャル空間がもたらす可能性が示されている今、多くの業界がリアルとバーチャルを融合させた体験価値を見い出そうと取り組んでいる。

とりわけエンターテイメント産業は、こうしたテクノロジーとの親和性が高く、新しいエンタメのあり方を模索する動きが活発化していると言えよう。

そんななか、バーチャルライブを配信するバーチャルYouTuber(VTuber)も注目を集めており、たとえばVTuberグループ「にじさんじ」を運営するANYCOLORが東証グロース市場に上場したことは記憶に新しい。今後もVTuber市場の急成長は続くことが考えられ、VTuberを活用したプロモーションやマーケティングに取り組む企業はますます増えていくだろう。

一方で、今回は企業がVTuberをIPとして育成し、グローバルにビジネス展開する事例をご紹介したい。

「Tacitly(タシットリー)」は日中英の3ヵ国語が話せるトリリンガル・バーチャルユニットだ。このアーティストを運営しているのがNTTコノキューであり、XRライブエンジン「Matrix Stream」という最新技術を生かしてTacitlyの世界観を構築し、バーチャル時代ならではのエンタメを創造している。

NTTコノキュー マーケティング部門サービスマネージメントグループでXRライブプロジェクトを手掛ける副島 義貴氏に、企業がVTuberを運営する意義やこれからのビジネス戦略について話を聞いた。

2014年の「生放送アニメ」がTacitlyの原体験になっている

まず、Tacitlyのプロジェクトを立ち上げた経緯について副島氏へ伺うと「民放テレビ局と組んだスマートフォン向け放送サービス『NOTTV (ノッティーヴィー)』が原点になっている」と語る。

「当時、私はNOTTVの番組編成などに携わる仕事に関わっていました。そのなかで、2014年から放送を開始した日本初の生放送アニメ番組『みならいディーバ』が、実はTacitlyを始める原体験になっています。当時、VTuberという言葉はなく『生アニメ』と呼んでいました。どういうものか簡単に説明すると、当時はMMD(MikuMikuDanceという3Dツールの略称)を活用して収録編集したCGアニメというものはありましたが、3Dキャラクターの声を担当するアクターの動きをリアルタイムにモーションキャプチャーして反映させるという試みです。その頃はリアルタイムでモーションキャプチャーを使ったこのような取り組みはほとんど行われておらず、いわば斬新なテレビ企画として話題を呼びました」

リアルタイムにアクターの動きをキャプチャーし、番組を進行していくのが生放送アニメであるわけだが、それはすなわち、あらかじめストーリーが決められた既存のアニメとは異なり、「何が起こるかわからない」という不確定要素を含んでいる。

いわゆる放送事故が起きるリスクもはらんでいるということだ。

しかし、副島氏は「既存のアニメのように、しっかりと作りこまれた世界観ではなく、全く予想できない面白さというか予定調和のものにはならない、偶発的なライブ感が新たなエンタメとしてすごい可能性がある」と感じていたそうだ。

「みならいディーバでは、Twitterと連動させることでリアルタイムにお客様の反応がわかるんです。もちろん、良い意見と悪い意見が飛び交うわけですが『次にどんな展開が待っているのか』ということが誰にもわからないというのが、『みならいディーバ』ならではの面白さでした。番組では毎回、Twitterでエンディング曲の歌詞を募集し、番組の最後に制作した曲を生披露するという企画は、とてもユニークな企画でした。こうしたインタラクティブ性を生かしたエンタメ体験は、のちのTacitlyにも大きな影響を与えています」

その後、今度は中国とみならいディーバの流れを汲んだものを作ろうと、2016年から日中共同プロジェクトが始動。言葉と文化を越え、バックグラウンドが異なる人同士が分かり合えることをテーマに掲げた新しいアニメ企画がなされていったという。

VTuberアーティストIP育成の変遷。2021年からはXRを活用した制作を内製化して、世界に向けて発信できるVTuberの育成を開始している

VTuberアーティストIP育成の変遷。2021年からはXRを活用した制作を内製化して、世界に向けて発信できるVTuberの育成を開始している

当時、中国は日本のIPに熱い眼差しを向けており、さまざまなIPの買収を進めていた。そんな折、中国側と日本側それぞれのスタジオを使い、「日中共同で新たなIPを作ろう」という話が持ち上がったそうだ。

「その頃は、近い将来普及する5Gを見据えた新たなエンタメ体験を作れないか模索していた時期でした。NOTTVで手がけていた生放送アニメを参考にプロジェクトを進めていき、2017年に世界初の日中同時生配信アニメ『直感×アルゴリズム♪』を世に出すことができました」

「直感×アルゴリズム♪」の主人公は未来から来た2人のAI(人工知能)。日本語を話す「Kilin」と中国語を話す「Xi」がともに対話しながら、文化や言語を超えてバーチャルアイドルを目指していくというストーリーだ。

お互いが力を合わせることで日中の架け橋となることや、人間の本質について示唆する内容になっているというが、予定調和な作品として発信するのではなく、「視聴者の意見を取り入れながらストーリーを作っていくのが大きな特徴になっている」と副島氏は語る。

Tacitlyはストーリーに登場するバーチャルアイドルという設定で、2017年の1stシーズン、2018年から2019年の2stシーズンを経て、現在は3stシーズンのプロジェクトが展開されている。

「今までのシーズンでは、ドラマパートの中のあくまで舞台的な表現として音楽を作っていましたが、音楽に込める意味や曲調をそのままストーリーとして紡いでいった方が良いのではと思い、3stシーズンからはVTuberを意識した『全編生放送対話形式』でストーリーを進行するようにしました」

自社システム「Matrix Stream」を活用し、IP育成や制作受託を行う

こうしたなか、近年ではXR技術やメタバースなどのテクノロジーが発達し、バーチャルライブの演出やクリエイティブが多様化している。

NTTコノキューではどのような技術を用いて、 新たなエンターテインメントを創出しているのだろうか。

「ソーシャルメディアが発達したことで、オンライン上で感動を共有することが当たり前になりました。さらに5GやXR技術の登場によって、バーチャル空間にユーザーが同時接続し、音楽ライブなどのエンタメを同じ時間に、同じタイミングで楽しめるといった体験も生まれています。このような状況を踏まえ、NTTドコモ(当時)では2020年にリアルタイムXRライブエンジン『Matrix Stream』を開発しました。
XRを駆使した音楽ライブやイベント、番組の制作と配信ができるシステムで、専用のXRスタジオで演者の動きをモーションキャプチャすることで、リアルタイムにVR配信やオンライン配信することが可能となっています。Tacitlyのコンテンツ制作や運用も、このMatrix Streamを活用してバーチャルアーティスト活動を行っています」

他方、プラットフォームとして事業を成長させるのではなく「自社IPを育てながら、IPビジネスや自社システムを活用した制作受託の両輪でビジネスを拡大していく」と副島氏は続ける。

「いわゆる“箱(プラットフォーム)”を用意するのは後でもよくて、まずはIPファーストの観点から、Tacitlyをいかに知名度を上げてIPとしての付加価値を高められるかが肝要だと捉えています。Tacitlyの運用を手がけてきたことで、世の中のVTuberやバーチャルキャラクターに求められるライブ環境やシステム、ステージが掴めるようになってきました。そのため、あくまで“IPイネーブラー”というスタンスで、IPの成長を促していくという方針を貫いていきたいです。技術が主人公ではなく、IPやキャラクターが主人公なわけで、技術によってどうIPを魅力的に見せるかが大事だと捉えています」

国内外問わず、さまざまな配信形態に対応するシステムのため、インタラクティブなXRライブを実現できるのがMatrix Streamの特徴になっている。さらに、CGキャラクターを動かすのに必要な骨構造(表情や仕草などモデルを動かすための骨の役割)は、従来であれば利用するXRライブシステムに合わせてセットアップしなければならなかったのだが、Matrix Streamでは3Dモデルに入れる骨組みのデータ構造を最適化するツールを開発。オペレーションの省力化や効率化を図るソリューションとしても提供しているという。

なかでもこだわっているのが「インタラクティブ性」だと副島氏は強調する。

「前提としてあるのが、日本と中国では、共通のプラットフォームで展開することができないこと。例えば日本はYouTubeが閲覧できますが、中国では見られず、代わりに哔哩哔哩(BiliBili、ビリビリ)が主流になっています。こうしたプラットフォームが違う場合でも、インタラクティブ性を保つために他の配信サイトのコメントや投げ銭機能等をAPIで取得し、XR空間であってもリアルタイムな演出を実現できるような仕組みにしているんです。また、照明演出ではライトを制御するDMX規格をそのままバーチャルにあるステージでも利用可能なのでリアルステージと連携したハイブリッドライブも可能になっています」

このように、NTTコノキューが運用する自社IPのTacitlyは、Matrix Streamのシステムをふんだんに活かして、新感覚なエンタメ体験を創出している。

Tacitlyを世界で通用するバーチャルIPへと成長させていく

企業がVTuberを運営する事例は増えているわけだが、うまく活用できている企業はそう多くはない。そんななか、Tacitlyでは発信の仕方やプロモーションについて、どのような創意工夫を行っているのか 。

副島氏は「Tacitlyに関しては最初からグローバルを意識していた」と海外との接点づくりについて触れる。

「日本のビジネスはどうしても国内に閉じがちですが、最近のVTuberの台頭を見ていると、アニメ以来久しぶりにデフォルトで海外に進出し、現地のファンを獲得できるエンタメだと感じています。現在、Tacitlyの公式YouTubeチャンネル『Tacitly Channel』にはチャンネル登録者数が10万人いますが、内訳は国内が40%に対し、海外60%(中国、韓国、インドネシア、フィリピン、アメリカ)とグローバルの割合が大きいです。今後は欧米圏での活動を本格化させ、世界中のZ世代に寄り添うバーチャルアーティストを目指したいと考えています」

日本に閉じず、海外へ積極的に出ていき、世界で通用するバーチャルIPへと成長させていくのが目下の目標になっているという。XR技術はそのための手段でしかなく、世界中でバーチャルキャラクターを愛でる文化を「XR技術で創造していくことが重要」だと副島氏は展望を見据える。

「NTTコノキューの広報的役割を果たすキャラクターというよりも、IPビジネスとして成長させていくことを念頭に置きながら、これからもTacitlyの活動を続けていければと考えています。直近では『YouTube Music Weekend 』に出演したり、『VTuber Fes Japan 2022』のオーディションに勝ち抜いてステージ出演を果たしたりと、徐々に結果が付いてきています。今後は海外のイベントやエキスポにも参加し、日本のVTuber文化を広めていけるように尽力していきたいと考えています」

ライター後記

今回、取材時にTacitlyの収録現場を見させていただいた。専用のXRスタジオでは、Tacitlyのメンバーであるリリアとシエルが、台本に沿って収録している様子を生で見ることができた。

VTuberは今後より一層市場の拡大が期待されている。NTTコノキューが手がけるMatrix Streamが、バーチャルIPの育成や成長をサポートするシステムとして普及するのも、そう遠くない未来なのかもしれない。

取材/文:古田島大介
編集:長岡 武司

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