「メタパ®」を通じてバーチャル市場を牽引。凸版印刷のメタバース戦略を探る
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インターネット上のデジタルフロンティアとして注目を集めているメタバース。2000年代にメタバースの元祖と言われる「セカンドライフ」が話題となり、その後も「Minecraft(マインクラフト)」や「あつまれ どうぶつの森」などのゲームがメタバースの世界観を表す代名詞として取り沙汰されるようになった。
さらには「The Sandbox」や「Decentraland」といったメタバースプラットフォームが登場し、昨今のWeb3と連動した注目度の高まりも相まって、ムーブメントはより加速していくことが予想されている。
こうしたなか、凸版印刷も2021年にメタバース事業へと参入。ビジネス向けメタバースサービス基盤「MiraVerse®」(ミラバース)や、顔写真を1枚アップロードすることで簡単に自身のアバター生成が可能な「メタクローンアバター®」、バーチャルモールアプリ「メタパ®」など、“脱印刷”に向けたメタバース関連の新規事業をいくつも立ち上げている。
その中から今回は、メタパ®の担当者である凸版印刷 情報コミュニケーション事業本部の名塚 一郎氏にお話を伺う。なぜ、同社はメタバースを中期経営計画の主軸に据えているのか。そして、将来的なメタバース市場の可能性をどのように捉えているのか。同氏へのインタビューを通じて探っていきたい。
1990年代からすでにVR技術の研究開発を行っていた
なぜ、印刷業を主軸としてきた凸版印刷がメタバース事業に参入することになったのだろうか。
実は同社は今回のメタバースへの対応に限らず、時代ごとに変化していく市場にフレキシブルに適応し、その時々で最新のテクノロジーを積極的に活用してきた経緯がある。たとえば1990年代には、デジタルアーカイブの手法としてのVR技術や、CG制作における独自エンジン開発などに着手しており、またインターネット黎明期にはいち早くEコマース事業を立ち上げている。
「凸版印刷と聞くと印刷の会社というイメージが強いかもしれませんが、現在の売上構成比でいくと印刷事業は3割ほどで、その他はDXやBPO事業、半導体やディスプレイといったエレクトロニクス事業や、パッケージ、建装材、産業資材などの生活・産業事業が中心となっています。メタバースについては、DX事業の延長線上にある事業として捉えており、今後の発展性が期待される領域としてビジネスの拡大を図っていく予定でおります」(名塚氏)
印刷テクノロジーを軸に、次々と新規事業へ参入する姿勢こそ、同社が印刷会社からDXをけん引する企業にシフトできた大きな理由なのではないだろうか。
「もちろん、変化することはリスクも伴うわけで脅威に感じることもあるでしょう。しかし、それを逆にチャンスだと捉え、様々な領域へと踏み込んでいくチャレンジスピリッツが、社内に醸成されてきたと思っています。新たなブランドアイデンティティーとして『すべてを突破する。TOPPA!!!TOPPAN』を掲げ、ずっと先の未来まで突き抜けるという思いを持って、事業に取り組むことを念頭に置いています。メタバースにおいては、リアルとバーチャルをつなぐデジタルツインの考え方のもと、生活者のライフスタイルをより豊かにしていくことを目的に事業を推進しています」(名塚氏)
メタバースモールとしての体験価値を提供
そんななか、メタパ®は「リアルとバーチャルを融合した新しい買い物体験」を提供するモバイルアプリとして2021年12月にローンチ。単一のブランドや企業のバーチャルストアではなく、モール型のユーザー体験を構築している点が大きな特徴だ。
メタバース空間上で遠隔地にいる友人や知人、家族などと同時に接続し、それぞれのアバターで各バーチャル店舗を回遊したりショッピングしたりと、リアルとバーチャルの融合した新しい買い物体験が味わえるようになっている。
名塚氏は、このメタパ®を立ち上げた背景について「コロナ禍が起点になっている」と語る。
「オンラインとオフラインにおける体験の狭間で、どうしてもコロナ禍では移動の制限を余儀なくされていました。リアル店舗への買い物ができない代わりに、オンラインショップを立ち上げる事業者が増えた一方、リアルならではの買い物体験を代替できているかというと、知人や店員とのコミュニケーションの部分が補完しきれていないわけです。そこで、これまでのリアル体験とオンライン体験の“中間”に位置するようなサービスを考えたところ、メタバースの技術を活用し、メタパ®をリリースすることになりました」(名塚氏)
リリースに際して、2021年3月には関係者向けのプロトタイプ「IoA Shopping®」を開発・共有し、検証を重ねていったという。具体的には、メタバース空間上での買い物体験や商品イメージのAR表示、店員とのビデオ通話など、利用者を限定してテストを繰り返していったそうだ。
メタパ®の特筆すべき点は、“メタバースモール”を打ち出していること。メタバースでモール型のショッピングビジネスを展開するサービスはこれまでにほとんどなく、国内外を見渡しても成長への期待値が高いサービスの一つと言えるだろう。名塚氏は、モール形式を採用した理由について次のように述べる。
「サービス立ち上げ当初は、ユーザー数自体もそこまで多くなるわけではないので、メタバースならではの買い物体験として一つのアプリに複数の店舗が存在した方がいいと考えていました。そうした方が、いろんな店舗を回遊できますし、メタバース空間をアバターで歩き回る独特の楽しさも提供できるわけです。
また店舗を出店する企業についても、これまではアプリケーションごとに3D空間用の開発・構築が必要で、バーチャルショップの展開には時間もコストも多くかかっていましたが、メタパ®であれば比較的コストが抑えられ、かつ短期間でメタバース空間上に出店することが可能になっています」(名塚氏)
アパレルや不動産など、多様な業種からの出店を実現
現在は、最新のガジェットが体験できるb8taストアのバーチャル店舗「Virtual b8ta」や、テレビ朝日の本社内で運営しているテレアサショップのバーチャル店舗「テレアサショップ Metapa店」、ソフトバンクのバーチャル携帯キャリアショップ「ソフトバンクショップ in Metapa」など、現在11店舗(2022年8月末時点)がメタパ®に出店している。
企業からの引き合いについては、メーカーや流通業が主体となっているが、9月からは住友不動産が新築分譲マンションの販売をメタパ®上で始めるという。「メタマンションギャラリー」と銘打ち、全国の物件の内見などにも対応できる住宅販売拠点として、新たな需要の取り込みを想定しているとのことだ。
「2021年にFacebook社がメタバースへ注力するべく『Meta』に社名変更しましたが、その影響が大きく、幸いにもさまざまな業界・業種の企業の方からお声がけいただいています。UI・UXが優れている点や出店への導入ハードルが低いこと、またメタパ®を利用するユーザーもVRデバイスいらずでスマホのアプリから使えることも、メタパ®に興味関心を寄せていただける要因になっています」(名塚氏)
メタパ®の現時点(2022年8月末時点)でのアクティブユーザー数は2万人ほどで、今後は出店各社と共同でプロモーション施策を企画していきたいという。
既存のECサイトやバーチャルショップとの差別化戦略として、メタパ®に誘客するイベントや、リアルイベントと連動させたマーケティング施策を行いながら、「ユーザー獲得に乗り出していく」と名塚氏は言う。
リアルと連動させたメタパ®への集客施策の事例
メタパ®のユーザーを増やす施策としては、いくつか先行事例がある。たとえば国産ジーンズの聖地として名高い岡山県のジーンズブランド「桃太郎ジーンズ」では、2022年2月に「桃太郎JEANS Metapa店」をメタパ®上に出店している。
同年3月には「TUMUGU Door」というバーチャル空間機能を導入し、ジーンズの生産背景やものづくりの歴史、さらには岡山県の観光地を巡るコンテンツを追加。バーチャルならではのブランド体験はもとより、メタパ®店舗のブランドディレクター「桃ちゃん」やスタッフアバターとの音声通話やチャットコミュニケーションも行えるなど、桃太郎ジーンズの新たな接点の創出を試みている。
また、凸版印刷では2018年から障がい者の自立支援を目的に、障がいをもつアーティストの作品(アウトサイダーアート)を中心に販売・展示する「可能性アートプロジェクト」を推進している。
「可能性アートプロジェクト展 2022」においては、リアル展示とメタバース展示のハイブリッドで行われ、メタパ®上でアーティストの作品を鑑賞したり購入したりすることが可能になっている。
注目すべき点は、従来のフィジカルなアートやグッズなどの物販のほかに、各アーティストによるNFTアートも販売されていることだ。
NFTマーケットプレイス「NFTstudio」と連携しているので、ソーシャルログイン経由でアカウントを生成すれば、暗号資産ウォレット不要で現金によるNFTアートの購入も可能となっている。
リテールに限らず教育や研修ニーズも潜在化
こうした事例をもとに、凸版印刷ではメタパ®でしか提供できない体験の付加価値を見出していくという。また加えて、社内向けにメタパ®上で新入社員研修を行った事例についても、名塚氏は紹介する。
「過去2年間はオンラインによる新入社員研修を実施していましたが、やはり新入社員同士のつながりの希薄さが拭えない部分がありました。そこで、 2022年度の新入社員450名に対しては、メタパ®上で研修を行う運びになったのです」(名塚氏)
既存のウェブ会議ツールだと、話す順番などに気を遣わなければならないなど、運用に際して様々なデメリットがある。一方、メタパ®上でそれぞれのアバターになってお互いがコミュニケーションを図ることで、気兼ねなく対話したりディスカッションしたりすることができるようになったと、名塚氏は続ける。
「こうした新たなメタパ®の使い方、とりわけ社内向けツールとしてのニーズも潜在化しているので、メタパ®のサービス提供範囲を広げられるようにしていきたいところです」(名塚氏)
今後の展望としては、まずはオープンチャットだけでなく、より込み入った話や詳細な会話に対応するためのプライベートチャット機能をリリースする予定とのこと。また、出店する店舗間の回遊も自由に行き来できるようなアップデートも予定しているとのことだ。
「機能改善や新たなUXの創出など、メタパ®のブラッシュアップを行いつつ、先ほど話したような社内向けニーズにも対応できるようなソリューションとして提供できるよう、尽力していければと思っています。リテール店舗に限らず、学校やオフィス、展示場などをメタパ®上で再現してもいいですし、イベントや教育・研修、観光などで使ってもいい。さまざまな用途の可能性があるからこそ、今後もさらなるサービス拡充に向けて取り組んで参ります」(名塚氏)
ライター後記
凸版印刷が印刷事業のみならず、常にイノベーションを意識しながら事業を創造していることに、今回の取材であらためて驚いた。
メタバースモールという、来たるメタバース時代においては必ず必要とされるサービスを提供している点も、凸版印刷の持つ独自の審美眼に端を発していると言えるかもしれない。
メタパ®のサービス開始からまだ1年も経過していないが、出店各社との取り組みやユースケースは確実に生まれている状況は、今後の発展が大いに期待できるのではないだろうか。
取材/文/撮影:古田島大介
編集:長岡 武司