「マネーシステムは決済に閉じた話ではなくなる」日銀・金融研究所長が考えるデジタル通貨の論点

「マネーシステムは決済に閉じた話ではなくなる」日銀・金融研究所長が考えるデジタル通貨の論点

目次

2021年11月11日(木)〜12日(金)にかけて、国内最大級のフィンテックオンラインイベント「World FinTech Festival Japan 2021」(以下、WFFJ2021)が開催された。

こちらはシンガポールで毎年開催されている「Singapore FinTech Festival」を主流とするもので、日本リージョン以外にも、WFFブランドで複数都市での同時開催がなされていた。その中の一つであるWFFJでは、総勢73名の金融にまつわる専門家が登壇し、これからの金融DXに向けた様々なテーマをもとに、ディスカッションを繰り広げた(イベント概要についてはこちらをご参照)。

本記事では、多くのセッションの中でも「デジタル通貨」にフォーカスしたものとして、日本銀行 金融研究所長である副島豊氏が登壇した内容についてレポートする。フィンテックの要は、通貨のデジタル化にあり。今の時代のマネーシステムはどのような特徴をもち、またデジタル通貨はどのような未来をもたらし得るのか。日本における中央銀行だからこその視点と内容が、お金のDXという切り口で語られた。

  • 副島 豊(日本銀行 金融研究所長)
  • 東海林 正賢(KPMGコンサルティング株式会社 フィンテックイノベーション パートナー)※モデレーター

現在のマネーシステムの仕組み

デジタル通貨を考えるにあたって、まずは「マネー」とは何なのか。これについて、まずは副島氏より説明がなされた。

「今の社会を動かすマネーには、大きく“現金”と“預金”があります。両方とも「債務としてのマネー(信用マネー)」という特性があるわけでして、つまりは債務として発行されるものがマネーになる、ということです」(副島氏)

上図をもとに説明をすると、銀行の預金というマネーは、銀行Aの顧客に対する債務として発行されている。そして、銀行Aの中の債務であれば、当然ながら同一債務者内ということになるので、行内で「振替」という形で簡単に決済をすることができる。

一方で、銀行Aの顧客が銀行Bの顧客に対して送金をしようとすると、両銀行の債務マネーは債務者が異なることになるので、そのままでは送金による交換はできない。そこで、日本銀行に銀行Aと銀行Bが口座を持つということで、日銀預金マネーを銀行に対して発行する。そうすることで、銀行間の資金決済ができるようになるというわけだ。

そして、これを一本ずつやると途方もない数になるので、1件につき1億円未満の小口取引については、1日分を合算して送信する仕組みとしており、そのためのクリアリン・ハウスとして「全銀システム」があるという基本構造になっている。ちなみに、日本銀行のホームページでは以下のような記述で説明されている。

"各銀行は顧客から、書類やオンラインで振替の指示書(「私の口座から何々銀行の誰々口座に○○円を振替よ」)を日々たくさん受取ります。これらの指図を受け取った銀行は、まず振込を指示した当該顧客の口座から振込額を引落としておきます。その上で、これらの指示書を1ヶ所に持ち寄ります。このような場所のことを「クリアリング・ハウス(clearing house)」と呼んでいます(どこかで耳にされたことがあると思いますが、手形交換所というのはクリアリング・ハウスのひとつです)”

-引用元:日本銀行Webページ「決済・市場 > 決済システムの概要 > 第6章 決済の準備

   

このように預金という信用マネーは、日本のみならずほとんどの国で、このような2階層構造になっていると、副島氏は続ける。

「銀行が信用創造の過程で提供する預金マネーというのは、決済にも使うことができる。この二重性の便利さから、多くの国でこの仕組みが採用されているわけです」(副島氏)

新しい決済事業者の登場で考えられる2つの対応策

ここに、キャッシュレス決済という新しいマネーが登場するとどうなるのか。決済事業者は当然ながらノンバンクなので中央銀行にアカウントを持っていないし、全銀システムの参加者でもない。結果として銀行と顧客の間に決済事業者が入ることになるので、決済事業者は銀行の決済システムを使わざるを得ないことになるわけだ。

当然、階層構造が深くなると高コスト化の要因になるのであって、高コストのものは一般的には浸透しにくい。

これに対して海外ではどう対応しているのかというと、一つは、決済事業者が銀行と同じようにクリアリング・ハウスにアクセスできるようにする、もしくは中央銀行にアクセスできるようする、というソリューションが考えられている。上図の通り、FSP(英国の銀行イニシアチブ。様々な銀行の顧客アカウント間の支払い時間を数秒に短縮するシステム)として、小口専用のインフラのところにを銀行以外の決済事業者に門戸を広げるという考えだ。

また、もう一つのやり方として出てきているのが、そもそもみんながバラバラの債務マネーを発行することを解決するという方法だ。今のままだと縦方向にも横方向にも債務者が違うということになるので、例えば決済事業者同士のお金の移動はできず、必ず銀行を経由する必要がある。

それであれば、現金と同じように、唯一の債務者・発行体としての中央銀行が「リテールCBDC」を出して決済手段として使えば良い、という発想によるものとなる。CBDC(Central Bank Digital Currency)とは「中央銀行デジタル通貨」のことで、ビットコインのような分散型の運用スキームではなく、あくまで国の中央銀行が中央集権的に発行するデジタル不換紙幣である。

「よく、中央銀行が決済サービスをリテールに提供するのか?と聞かれることがあるのですが、決済サービスと決済手段は違います。現金は決済手段であって、ATMは決済サービスです。CBDCについては、発行体としての役割は日本銀行が担いますが、これらをアプリに乗せたり決済サービスとして提供するのは、あくまで民間事業体のやることであって、中央銀行の役割ではないと捉えています」(副島氏)

この上で副島氏は、リテールCBDCの議論の先にある未来について、以下のようにコメントした。

「このように、マネーは元々は価値のビークルだったわけだが、情報のビークル、あるいは情報・業務システムと統合する形で動くものへと進化しつつあります。ここにマネーシステムの未来があると思っています」(副島氏)

「ポイント」という、日本の不思議な制度

ここから先は、モデレーターである東海林正賢氏(KPMGコンサルティング株式会社 フィンテックイノベーション パートナー)とのやりとりの中で議論が進んでいった。

東海林:フロント決済手段が◯◯ペイなどの登場によって電子化されている中で、これ自体がCBDCになった方が便利なんじゃないかみたいな話もあるわけですが、この辺りに対するお考えはいかがですか?

副島:誰がマネーを出した方が良いのか、という議論は大昔からありますね。日本銀行が出すのが当たり前じゃないかと思われるかもしれませんが、例えば明治の初期では、国立銀行が発行した紙幣が銀行券として出回っていました。つまり、マネーの機能を果たしていればそれでも別に構わないわけです。

問題なのは、みんながそれぞれバラバラな紙幣を出すと、互換性がないので困ってしまうということでしょう。だからこそ、時間をかけてそれを二階層型システムへと統合してきたという歴史があります。

では、明治に最初に国立銀行ができたときに、国立銀行間同士の送金はどうしていたのかというと、その頃はまだ日本銀行がなかったわけでして、紙の「替銭」でやっていたのです。

かつ銀行の本店や支店でコルレス契約を結ぶ必要があったので、N行の銀行があると、N×Nのコルレス契約を結ぶ必要があったわけです。非常に非効率なのですが、じゃあ今のようなクリアリング・ハウスを立てて行う内為決済集中システムがいつできたのかと言うと、実は第二次世界大戦中です。その時に導入されて、今に至るまで採用されているのです。

東海林:そうなのですね。

副島:また、日本銀行が債務引受けするという形をとって効率性と高めていたのですが、この形が解消されたのは2001年。つい最近なんです。50年以上、どっちが債務引き受けすべきかの議論が行われていて、それが明らかになったのは、新内為システムが導入された2001年のことなんですよ。

かつ、全銀システムが資金生産システムであるとなったのは、2009年の法律改正によってです。

今のマネーは、単位は一緒なので価値尺度としては一緒ですが、交換性においては債務者が違うので、直接交換できないというロジック的限界があるわけです。原理的にはできない。なので、上にもう一階層作るか、あるいはそれを使うのをやめてしまうかしかないわけです。

東海林:リテールCBDCのようなものを新たに発行するとして、発行のコストは誰が担うのでしょうか?

副島:まさに大事な問題です。
まずは、何のために出した方が良いのか?という議論があります。もっと便利になる、効率的になる、そして安全になる。そういうものが確認できたら、じゃあ出そうということになるわけですが、まずもって今はそこを巡っての議論がなされており、PoCをしていくことで議論の土台が赤舞ってきています。

その上でコストについては、誰が負担するのかもそうですが、今現金を使うことによるハンドリングコストは誰が負担しているのかから始まって、どんなふうに安くしていくべきか、もしくは負担の担い手をどうリデザインすべきか、と言う話も出てきています。
特に日本の場合の、「ポイント」という非常に不思議な制度があります。一般的に、決済サービスを享受しているのはユーザーやお店なので、享受者が決済コストを支払うことになるわけですが、今払っているのはお店サイドだけです。ユーザーは決済コストを払うどころか、ゲインを得ているのです。そうすると、コストを誰が負担しているの?という部分がますますクローズアップされてくることになります。

CBDCやデジタル決済の登場は、成長の源泉になり得る

東海林:多様化という意味では、最近ではBNPLも注目されてますね?

副島:あれも、誰がコストを負担しているのかという話で、当然ながら決済事業者が全部負担しているのではなく、基本的には導入による売上の向上を期待して、お店が負担していますよね。では、お店が全部負担しているかというと、ひょっとしたら一部ないしは全部を売値に転嫁しているかもしれません。一方でお店は、現金か否かで売値を変えられないし、場合によってはやっちゃいけないことにもなっているので、そこがさらに難しくしているわけです。

この辺りの話は、中央銀行的には「物価とは何か」という話にもつながってくると考えています。つまり、消費者が直面しているものが物価なのか、あるいは決済手数料などの様々なものを差っ引いて調整したものを示すものなのか。難しいところです。

東海林:そうなると、消費者物価指数などの考え方も変わってくる可能性がありますね。

副島:この辺りの話は経済学のテーマの一つにもなっていまして、よく決済は“Two-Sided Business”もしくは“Two-Sided Platform”と言われています。つまり、顧客を集めると同時に、それを扱う店舗も集めなければならない。反対側のネットワーク効果が効くからこそ、ディスカウントもしやすくなるわけでして、ユーザーは手数料ゼロにして店舗側へと課金するろう力学が働くことになります。

その上で今問題になっているのは、スーパープラットフォームの解釈として、この“Two-Sided Business”による提供ビジネスが複数あるということです。マーケットの中には、赤字覚悟で決済手数料を無料にするといったケースも出てきています。
このように、産業組織論的な観点で非常に複雑なことが起こっているのが、現在のマネーシステムにまつわる話と言えます。

東海林:なるほど。CBDCやデジタル決済サービスの登場によって、決済周りのスピードが非常に早くなってくると思いまして、GDPそのものも上がっていく可能性があるかなと思うが、いかがでしょうか?

副島:マネー自体の回転率もそうですが、決済だけに話が閉じなくなってくるのが大きな話かなと思っています。決済には情報と処理が必ず付随することになるのであって、請求関係などはまさにこれを処理する業務なわけですが、これを別々にやる必要がないよねということで登場したのがZEDI(全銀EDIシステム)でした。

ZEDIを使うことで、支払企業から受取企業へと総合振込を行うときに、支払通知番号や請求書番号などのさまざまなEDI情報の添付(XML形式)が可能になる。従来の固定長形式のEDI情報と比較してより具体的な商流情報を添付できるので、企業の経理/会計事務を大きく効率化させることが期待されている

副島:BaaSも同じコンテキストでして、既存のアプリでそのまま決済ができたら良いよねということで、一般企業の情報/業務システムにマネーシステムが統合されてきていく動きとなります。この動きはどんどんと広がっていくだろうなと思っており、これがすなわち新しいビジネスのあり方にもつながってきて、成長の源泉になるかもしれないと感じています。

いずれにせよ、これからのマネーシステムを考えていくと、決済に閉じる話ではなくてその先の各種サービスとどう連動していくのか、という内容につながってくると感じています。

取材・文:長岡武司

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